「
電子警告音の怪〜1」からの続きです。
「ピッ」音が消えたのだから、それで一件落着である。そのことを考えることもないまま、やがて夜中になり、いつも通りベッドにもぐりこむ。いつもの日常である。寝つきは早い。数分後には白川夜船である。
真っ暗な中から、突然「ピッ」音が鳴り響く。一回目で気がついたのか、それとも何度か繰り返されてから目が醒めたのか分からないけれど、暗闇の中での「ピッ」音は昨夕の音よりも一段と響く。
脇の夜光時計を見る。午前4時20分、そんなに早い時刻ではない。真夏なら既に明るくなっている朝だけれど、初冬のこの時刻はまだ真夜中のよう暗い。昨日よりも甲高い音で「ピッ」音は部屋中に響いている。
起きるなら起きてもいい時間である。とは言ってもこんな音の中で、二度寝などできるはずもなり。トイレに行き、そのまま起きることにする。
昨日無罪と判断したデジタル時計と枕元灯だが、もう一度コンセントを抜いて別室へ運ぶ。ベッドの回りを更に捜索するも、特に犯人らしい機器は見当たらない。「ピッ」音は依然として続いている。
いよいよ原因は隣室の機器が原因ではないかと思う。ところで隣室はフスマ三枚で仕切られているだけの私の書斎である。しかもフスマの裏側には、テレビ・ビデオ・ゲーム機・ラジオなどを所狭しと積んだ棚が置いてある。更に、使わなくなった古いパソコンやビデオテープ編集器や電話機、写真ネガのデジタル画像変換機やレコードプレイヤーなども積まれている。
この中の一つが犯人だとするなら、その特定には凄まじい時間を要する。ない頭で考えた。昨夕5時台に「ピッ」が鳴っており、今朝も4時半頃にその音で目覚めた。だとするなら、恐らく犯人は12時間を周期とした「時計機能」を持つ機器ではないか。
だがそれぞれの現在使用している機器は、互いに様々な装置につながっている。しかもそのコードは、メイン電源、アンテナ線、テレビの複数の入出力端子、ゲーム機ならコントローラーなどなど多様である。購入したときには単独装置なので簡単に接続できたけれど、今となっては複数台の接続を、一斉に外し再接続するのには私の頭が混乱するだろうことは必至である。
それも単に外すだけでは足りない。その機器を寝室から離れた場所へ移動して、それぞれにアリバイを確かめなければならないからである。まずそれぞれの機器のメイン電源をコンセントから外してみる。おぉ、何たることか、それでも「ピッ」音は依然として聞こえてくる。
書斎にある電池式の壁掛け時計を外して電池を抜いてみる。それでも音は消えない。机の中を捜索するが、それらしき犯人は見当たらない。それに「ピッ」音は、どうしても寝室のベッドの枕元付近、つまり隣の部屋から聞こえてくるような気がしてならない。
起きだして小一時間、混乱の最中に突然音が消える。時限された警告音なのだろうか。音がしなくなったことで、原因追求もできなくなった。このパターンでいくなら、夕方5時前後になれば、三周目のピッ音がしてくるだろう。捜索の続きは事務所から少し早めに帰ってきて夕方再開するしかない。少なくとも「一見落着」は錯覚だったのだから。
夕方四時過ぎ帰宅する。玄関を開けると予感どおりに音がしている。さあ、捜索再開だ。しかも絶対に犯人を見つけ出さなければならない。機器やベッドの構成部品の他室への移動なども、徹底的に行う必要がある。
ベッドは再び解体した。隣室のテレビ、ビデオなども、全てのコードを外した。音の発信元がベッドのある部屋かそれとも別の場所かを聞き分けられるように、部屋のあちこちに分散させた。
にもかかわらず、音は依然として同じような場所から聞こえてくる。万策尽きた、どうしていいか分からない、途方に暮れるまでの絶望感である。和室作りになっている寝室の畳まで引き剥がそうかとまで考えた。
どうしても音は寝室から聞こえてくるようにしか思えない。フスマ三枚も外してと、ガランとなった寝室に呆然と立ち尽くすの。ここはマンションの6階である。まさかに天井裏などない。音は私をあざ笑うかのように続いている。ガランとした部屋の畳に、しばし寝転んで絶望の眼差しを天井へと向ける。
天井のベッドを置いてある枕元の真上付近に、何やら直径7〜8センチほどの丸い装置が張り付いている。そこまで目をやる余裕がなかったのだろうか。ベッドの周辺に気を取られ、天井にまで気が回らなかったのだろうか。
装置を見た瞬間に、はた、と気付いた。煙感知器である。煙感知器の設置が10年以上も前に消防法で義務付けられ、マンション全体で取り付けたこと、そしてその9X乾電池が性能不良で設置してから2〜3年で交換したこと、その時も「ピッ」音が鳴ったこと、そんなことが一瞬の間に思い出す。
装置を外してチェックする。「ピッ」と鳴るたびに、小さなランプが点滅する。間違いない、犯人はこの煙感知器だったのである。外して中の電池を確認する。小さく、「電池の有効期限 約10年」と書いた紙が貼ってある。以前の交換から10年近く経って、その電池切れの警告音だったのである。
あまりにも簡単な犯人探しの結果に、落胆するばかりである。別室にまで運んだベッドや機器を元へ戻すことや、それらの組み立てや接続を考えると、犯人が見つかった喜びなど霧散してしまう。
電池は千数百円で、電気店で買えるらしい。大山鳴動ネズミ一匹とはこのことなのだろうか。二日間にわたる大捜索は、いともあっさりと解決したのであった。
後日、電池は交換した。これでまた火災でも起こさない限りこの感知器は、少なくとも10年は沈黙を守ってくれることになるのだろうか。そして10年目に、私は今回の騒動を覚えているだろうか。それともすっかり忘れてしまい、またまたオロオロを繰り返しているのだろうか。
それにしても10年である。間もなく80歳になる私は、その時90歳になっているはずである。果たしてそこまで生延びていられるのだろうか。もしかしたら、「ピッ」音騒ぎは、これが最後になるのだろうか。
2019.11.9 佐々木利夫
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