日本人の平均寿命が世界一と呼ばれるまでになり、そのことに社会の仕組みが核家族化していっている実態を組み合わせると、「老人の死」という話題が日常的になるのは当然のことかもしれない。ただそうした中で、タイトルに掲げた「老衰」と「孤独死」という呼称には、どこか違和感を覚える。

 老衰・・・。正確な定義はともかく、そうした現象は人だけに限るものではないだろう。生命における寿命の終末期を「老」と呼ぶ。どんな基準で寿命とするのかは疑問だが、命は一つの例外も無く「死」という終焉を迎えるから、命の始まりから終焉までを寿命と呼ぶことに何の抵抗もない。生物は永遠の生命という形態を放棄して、限りある命、すなわち寿命というシステムを種として選択したのだから・・・。

 だが命の始まりは個々に定まってはいるけれど、終端についてはまるで決まっていない。流産などで母体内で死を迎える受精卵もあれば、100歳を超えてまだ元気な老人も多数存在する。そうした元気な老人もいずれは必ず死を迎えるのだが、そのときでも死の原因は様々であり、そうした中の一つ、長寿の中の死に「老衰」がある。

 人の死にも、病気や事故や事件などなど、他律的な原因によるものがけっこう多い。死の多くは悲劇と結びつくのだろうけれど、そうした様々な死のなかで比較的多くの人から承認されやすい死に、この「老衰」という呼び名がある。

 だが「老衰」の定義を、私は必ずしもきちんと理解できているわけではない。「老衰」と判断するのは医者だろうから、もしかしたら「死の原因が特定できない」程度の、消極的な無知による判断を意味しているに過ぎないのかもしれない。

 それでも私の中での老衰への思いは、「他律的な要素によらない、命そのものの自律活動の停止」、「命そのものの自然的な消滅」のような気がしている。だとするなら、老衰とはまさに「命」そのものに内在している基本的な要素であり、究極的な終焉、自己完結なのではないだろうか。

 それは「衰える」というのではなく、命の最後の一滴まで使い尽くしたローソクが尽きたことによる終焉である。限りある命を、限りある限界まで使い切った、まさに究極における命の姿なのではないのだろうか。

 それを「老いて衰える」となどと表現するのは、いかにも残酷なような気がする。使い切ったのである。「命として最後の一滴まで使い切った賞賛すべき最期を示しているのである。

 恐らく「老い」が前段にある以上、その最期の姿は「尊厳」とか「立派」とか「美しい」と言った表現にはふさわしくない外観を伴うものだろう。恐らく意識がなく、親族や友人とも会話や交流をすることもできず、まさに「呼吸するだけがやっと」という状態からの死への移行になることだろう。

 とは言ってもその終焉の姿は、感謝の気持ちを生者に伝えることすらできないだろう。単なる「呼吸し心臓が動いているだけの人体」なのかも知れない。そんな人体をとらえて、例えば「尊厳死」などと呼ぶのはふさわしくないように私には感じられる。

 それでも「老衰」という表現は、酷に過ぎるのではないだろうか。どんな呼び名がふさわしいのか、必ずしも私の中に思いつかないけれど、少なくとも「感謝」とか「賞賛」とかが内包されたような呼び名にして欲しいと思う。それが許されないとしても、最低限「自然死」、「当たり前の死」程度の呼び名は与えてもいいのではないだろうか。

 生と死を究極の対立として考え方がある。その対立を個人のレベルで考えるなら、分母を個人の生と死の範囲で捉えるか、はたまた「人類」としての生と個人の死、「生物」としての生と個々人の死、地球の誕生の歴史と一人の死、のいずれに当てはめて考えるかは難しいところだろう。

 それでも「死の時間」と「生きている時間」とを比べると、死の期間は無限とも言える長さを持つのに対し、生の時間は人間にしたところでせいぜい100年前後である。そうすると、生とは死という無限の時間の中の瞬間的な一形態と考えることもできる。二大対立ではなく、生きていることそのものが、無限に続く死における一過性の変化、たまさかの時間と考えることも可能である。

 こうした生と死を巡る議論にも興味はあるけれど、その話題を今ここでは取り上げないでおこう。ただ、老衰という語が、生を一過性として考えるにしろ、その人の一生というかけがえのない全体として考えるにしろ、「人間の終焉」を表す語としては舌足らずであり、かつ冷た過ぎるような気がしてならないのである。

 そして「老衰」という言葉の中には、どこか老いを「醜いもの」として捉えているような、そんな偏見じみた思いを感じてしまうのである。


       「老衰」を巡る話題だけでここまで来てしまいました。タイトル後段の「孤独死」については
       「老衰と孤独死 2」へ続けたいと思います。


                               2019.2.28        佐々木利夫


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老衰と孤独死 1