突然に「シトロンの花の香り」という言葉が、メロディつきで浮かんできた。記憶による限り、私に「シトロン」が何なのか、まるで分らない。フレーズからして花の名前だろうという程度の理解である

 だがどんな花なのか、ましてやどんな香りなのか見当もつかない。どうしてこんなフレーズが浮かんできたのか色々考えているうちに、そういえば昔、「リボンシトロン」と言う名の炭酸飲料があったことを思い出した。商品名になっているくらいなのだから、それほど珍しい花ではないのかもしれない。また香りもそれほど珍奇ではないのではないか、とは想像できた。それでも依然として、シトロンの意味は不明のままである。

 ただそのメロディを鼻歌でたどっているうちに、突然今度は「クェヴェラコーサ」という外国語、しかも英語ではないような言葉が、これもまたメロディつきで浮かんできた。しかし浮かんではきたけれど、それが「シトロン・・・」のメロディとはどうしても結びつかない。

 結びつかないけれど、この二つが同じ曲であることはなぜか分る。しつこいほど、分る。鼻歌を続けているうちに、どうもこの曲はイタリア民謡ではないか、との思いがしてきた。イタリア民謡で私が知っている曲と言えば、真っ先に浮かんだのが「サンタルチア」であった。

 合唱団に入った記憶はないし、カラオケでイタリア民謡を歌った記憶もない。60数年前の中学・高校時代に、クラブ活動で合唱した記憶など更にない。でもこの歌詞とメロディーは、断片的にしろ私の頭に染み込んでいる。果たして私はこの歌をどこで覚えたのだろうか。オーケストラなどのクラシックに多少興味はあっても、歌曲はどちらかと言うと敬遠する分野だった。だから、レコードやCDなどで覚えたとも思えない。

 頭の中でこの二つのメロディが響いているけれど、ぐるぐる回りするだけで一向に方向が定まってくれない。こんなときはネット検索に限る。なんたって数千冊、数万冊にも及ぶ百科事典もどきの情報が、ネット空間にはひしめいているからである。

 ところが鼻歌をそのまま検索することはできない。可能なシステムなりアプリがあるのかも知れないけれど、私のパソコンには音声を検索する機能がついていないからである。

 シトロンはすぐに見つかった。インド東部原産のかんきつ類とあるから、みかんの仲間である。果実は砂糖煮、果汁は飲料、果皮や葉は香料とあるので食用可能らしいが、酸味が強く生食はできないとも書いてある。そして恐らく花の季節には、その香りが周りに漂うのだろう。ところがサンタルチアの原曲を検索してみても、シトロンらしき名前は出てこない。ましてや歌詞にも「クェヴェラコーサ」と読めるようなフレーズは、まるで出てこないのである。

 鼻歌を続けるが、どうも私の想像した曲とは違うようだ。サンタルチアを候補から外す。次の候補は、「帰れソレントへ」であった。だがネット検索を重ねても、この曲にも二つのフレーズは出てこない。

 こうなれば意地である。まずネットで、「イタリア民謡」という途方もなく大きなくくりで探すことにした。私が覚えているくらいなのだから、きっとベスト10くらいには入っているだろう。

 ボラーレ、忘れな草、カタリ・カタリ・・・、そしてついにそれらしき歌を見つけた。「オーソレミオ」である。だがこの曲にも、訳された日本語歌詞の中に「シトロン」なる語は見当たらない。でも、でもである。イタリア語の歌詞の中に、発音はともかく「Che bellacosa najurnata ’e sole,」を見つけたのである。なんとなく「クェベラコーサ・・・」と読めるではないか。

 しかもオーソレミオの最初の歌詞は、「・・・スタン フロン テアテ」の二度のくり返しで終わるのだが、なんとその部分も、私の記憶にあったのである。私はこの「オーソレミオ」の歌詞を、うろ覚えにしろ確かに原語で覚えていたのである。恐らくイタリア語で歌ったことが、あったのではないかと思われたのである。

 でもまだ話は半分でしかない。シトロンが解決しない限り、私の疑問は残されたままである。イタリア語の歌詞の日本語訳を調べても、シトロンどころかかんきつ類らしい果実や香りなどを想像させる単語すら、まるで出てこない。諦めて次の曲へ移ろうかとも思ったのだか、どうにも「クェベラコーサ」の一致が気になる。

 しかも私の中では、「シトロンの花の香り」メロディーと「クェベラコーサ」のメロディーとは同じ曲だとの、妄想にも似た確信がある。 乗りかかった船である。もう少し調査を続けることにする。

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 後半は「シトロンの花の香りー2」に続けます。



                        2021.1.21    佐々木利夫


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シトロンの花の香り