給与所得の性格と課税上の問題点(17)
  

第二節 受領金員の課税関係(承前)

 3 給与所得以外の考え方とその矛盾

 現行の給与所得とする考え方は矛盾を有しつつもそれ自体相当部分を合理約に説明できるし、又、杜会的にも行政的にも首肯できる多くのものをもっている。併し、残された僅かにもせよ存在する矛盾の解決のために、このバックペイを給与所得以外の面からアプローチしてみるべく、仮に給与所得でないとしたならば、どのような理論づけが可能であるか、又、そうしたとき新たな矛盾が生じないかを検討してみよう。

 考えられるのは、バックベイの性質を賃金請求権にではなく、損害賠償請求権に求めるものである。これは前述した(2)、(3)の判決における「労働者の事実上蒙った損害」からも容易に想定されるところであり、この根拠には第三章五節で触れた従属関係の切断があげられるであろう。
 前節2「解雇の効果」を振返っていただきたいが、解雇はあくまでも形成権の行使であり、理由のいかんを問わず使用者がそれを行使した時、直ちに法効果が発生するから、その行使は労働者の意思とはかかわりのないところに存しているといえる。

 賃金というものは、あくまでもその根底に雇用契約ないし労働契約による従属性が予定されている筈であり、そのような使用者の支配下において始めて発生するもので、その関係が切断されてしまった以上賃金ではないと考えることも可能である。

 もともと契約の解除に対して損害を蒙った場合損害賠償で行うのが普通であり、(民法628条)、「本案は…単に已むことを得ざる事由の存するときは契約を解除することを得とし、その原因の正当なると否とを問わざることと為せり。けだし解除の原因は正当ならざるも事実已むことを得ざる場合においては到底解除することを得せしめざるべからざるは勿論にして、此の場合においても、必ず契約を継続せしめんとするも実際上往々不能に属し、たとえこれを継続するも却って当事者の意思に反する結果を生ずること多ければなり。然れども已むことを得ざる事由にして、もし当事者の一方の過失にもとづくときは、その相手方は損害賠償を請求しうべきは当然にして…」(11)が本来の姿なのであろう。

 このほか賃金請求説を疑問視するものとして「賃金請求説によれば、違法解雇の一種である労基法20条違反の即時解雇の場合、適法に雇用が終了するまで、労働者は賃金を請求でき、予告手当を請求することはできない。予告手当は、その任意の支払により予告に代えることができるだけのものである。この解釈は、予告手当及び付加金の請求を認める労基法114条と抵触し、労基法20条・114条の解釈として疑問を生ずるばかりでなく、賃金請求権一般が実定法に適合するかどうかについて疑問を生ぜしめる。…解雇が違法と判断されても、労働者の就労を受け入れるよう使用者に強制する法的手段はないし、使用者の翻意を期待するのは合理的とはいえない。結局労務者は裁判によって使用者から金銭の給付を強制できるだけであり、これを賃金とするよりも損害賠償とする方が適切である。…違法解雇を有効とするわけではないが、労務者は、解雇を理由とする就労拒絶によって雇用は放棄されたとみなし、損害賠償を請求する権利を有する、と解するのが合理的である」(12)とする意見があげられる。

 更に、理論的とはいえないけれども「解雇無効の裁判が労働者を現実に復職させることは稀であり、せいぜい不当労働行為等の烙印を使用者に押すことにより、労働運動に精神的な支援を与え、労働者の退職条件を良くするに止まる」(13)ことは重要である。なぜならバックペイを給与所得として扱うことがもっとも合理的に見える場面とは、被解雇者が解雇期間中の賃金全額を得て原職に復帰する場合だからである。

 それにもかかわらず、現実に解雇無効の判決がでることをどう解釈したらよいのであろうか。「解雇が権利濫用であっても西欧諸国では損害賠償ですますものが普通である」(14)にもかかわらず、我国では被解雇者に従業員たる地位を定めるというパターンを定着させた原因はどこにあり、その判決の効果と損害賠償請求権とは、どのように結びつけて考えればよいのであろうか。

 それは、やはり我国における終身雇用制、年功序列制にあるとみてよい。賃金が、労働者の使用者への利益寄与ないし労働の対価から離れて、生活給を中心とした年功賃金化してしまったこと、及び、終身雇用制によって労働移動か極端に少なくなったことから、中途採用を企業が敬遠するため再就職には異常な努力が必要なこと、それに退職金が退職時の賃金と勤続年数の函数により決定することに求められ、企業家族主義的な我国の企業体質に副うような形で裁判所も判断したものとみることができる。

 つまり、目的はあくまでも原職復帰であり、その派生的効果としてバックペイを命ずる形がでてきたものと考えてよいだろうし、従業員たることを一つの地位、保護すべき関係とみる意識が労働者にも使用者にも、裁判官にもあったといえよう。

 そしてこのこと自体は「不当労働行為が行なわれた地盤としての労働関係、なかんずく労働争議という事態は極めて複雑かつ流動的な事態であって、その中に介在する不当解雇についての判断も、かかる争議行為の総体的経過の中にその当不当を判定しうるものであって、孤立的な取引関係を眼中に置く民法の無効理論が果して、かかる流動的な労資関係を律するに適当な尺度であるか否かは問題である」(15)とする意見はさておき、事実上労働者を僅かにもせよ原職復帰させることが可能であるなら日本の労働慣行の中にあって無意味とはいえない。

 ここで問題となるのは、一方的な意思表示によって完全に効力を有する形成権の行使が無効と判断された場合の効果である。確定判決によって労働者と使用者の間には労働契約関係があったことが確認されたとみてよいが、形成権行使と判決の効力とは全く別個のものであると考えねばならないであろう。

 解雇の意思は一たん表示された以上有効に存在するのであり、判決はこの事実の上にあたかも形成権行使がなかったかのごとき状態を擬制するにすぎない。それはあくまでも当事者間における状態の擬制であって、形成権行使から無効判決確定までの間に労働契約が事実として存在し、労働力編入が事実としてなされたことまでをも擬制するものではない。判決が一種のフィクショソである以上、「解雇されていた」という事実までをも消滅させることは不可能であり、解雇期間中被解雇者が「職場にいなかった」という事実もまた判決は覆すことはできない。

 このように判決が当事者間における状態を擬制するのであって、事実をも擬制するものとは考えられないから、裁判所の命じた金員を損害賠償金とみても不合理とはいえない。原職復帰しなかった労働者としてはむしろ、解雇に伴う損害賠償金としての性格を強く感ずるであろうし、原職復帰した労働者にあっては、それを損害賠償金としたところで使用者との間は採用から継続して雇用関係にあったような状態が判決により作られたのであるから、その後の昇給や昇格、退職金にも感情的な問題はとも角、なんら影響がないとみてよいであろう。損害賠償金とすることによって始めて、バックペイにおける他へ転用して得た収入が、労働者の受けた損害を軽減させるものとして働らくことの説明がつけられる。

 なお、損害賠償請求を賃金額に雇用期間を乗じて求めることは、それが賃金であることの説明にはならない。実際上損害賠償の額は、違法解雇により失った賃金相当額だからである。

 違法解雇の状態は、仮処分が出されようと、判決が出されようと、確定判決を迎えるか、または当事者間で和解が成立するまで続くのであるから、将来の給付を命じる決定・判決があったとしても、使用者がそれを承認しない以上、いかに決定・判決に従って労働者に金員を支払ったとしてもその金員はバックペイの性質と異なるものではないであろう。

 それでは、この損害賠償金とした場合の所得税法上の取扱はどう考えるべきであろうか。損害賠償金の課税間題は、それだけでも厖大な内容をもっており、それをここで解明することは不可能である。ここで述べるものも、「給与所得でないとした場合の損害賠償金」というあいまいなもので、結局損害賠償金全般にかかわるが、できるだけ本稿の目的にしぼりつつ、これまで検討してきた資料をもとに考えてみたいと思う。

 所得税法上次の点が聞題となる。課税か非課税か、課税するとしたらその所得区分及び帰属年分は、更に本件のような偶発的な事例における不規則所得としての性格をどう把えるかである。

 非課税の問題は、所得税法9条1項21号における損害賠償金の中に、このパックベイが含まれるか否かである。これは、身体に加えられた損害により就労できなかったための賠償金ではないから、この面での非課税規定が働く余地はない。更に解雇されたことに対する精神的苦痛に対するものと考えることも困難である。なぜなら、精神的苦痛に対するものならぱ、平均賃金に解雇期間を乗じて得られるものではなく、ここで請求しているのは解雇されなかったならば使用者が支払ったであろう賃金額なのであり、この他に解雇の事実に対して精神的な苦痛を受けたとするなら、別個に請求しなければならないものであろう。

 所得税法施行令30条1号における「その損害に基因して勤務または業務に従事することができなかったことによる給与又は収益の補償」中の、「その損害」とは、解雇の言渡による精神的苦痛で勤務に従事できなかった場合を意味するのであり、本件の場合、勤務できなかったのは解雇の法律効果からくるものであって損害に基因したものではないから非課税所得ではないと判断する。

 課税するとして所得区分が問題となる。これまで給与所得とすることの疑問を述べてきたので、ここではそれ以外のものとして検討を加えたい。まず、所得の種類のうち、利子、配当、不動産、事業、山林、譲渡にかかる所得でないことは条文上明らかである。従って残る退職、一時、雑のいずれかに該当すると考えて良いであろう。

 ここに退職所得を掲げたのは、一応擬似退職所得としてバックペイを考えることはできないか、との考えによるものである。併し、原職復帰した場合にこれを退職金と考えることには無理があるし、又、和解により退職したとすればその時点で改めてバックペイとは別に労働協約に基づく退職金が支払らわれるであろうから、この損害賠償金を退職所得の性質を有すると考えることには疑問がある。

 結局、所得区分をめぐる問題の中でも、その区分が困難とされる一つの、一時所得と雑所得へ迷い込むことになる。そもそも一時所得は他の所得類型と異なり無色透明な構造をもつものであり、他の所得類型と並列的に並び得るのかは疑問がある。そして、雑所得といっても一つのパターンのある所得と対比するところに、この問題の困難性がある。

 一時所得の定義と対比してみるに、利子〜譲渡以外の所得であることは前述したところである。又、営利を目的とした継続的行為から生じたものとはいえないし、資産の譲渡のの対価も有してはいない。すると残るは一時の所得であるか、及び労務その他の役務の対価性を有するか否かがその判断基準となろう。バックペイが一時性を有することはいうまでもないが、将来の給村は毎月発生するから継続性をもっている。

 併しこの継続性を、一時所得の定義における「継続的行為以外から生じた所得」と対比させることには疑問がある。一時所得の条文中の継続性は営利を目的とするものを意味し、この場合とは無関係であるというほかに、将来の給付そのものは賃金をもとにして損害賠償を請求したための結果として各月の金額となったのであり、我国の月給性という賃金体系がその基礎にあるからに過ぎないのである。

 だから将来の給付を命じた判決は「バックペイ+将来の給付」としての、違法解雇が解消されるまでの不確定債務として損害賠償金を把えたとみてよいであろう。従って解決までの全体としてのバックペイが決定・判決により毎月支払われるに過ぎないのであって、一時性を否定する根拠とはなり得ないと考える。

 労務、投務の対価性の面では、既に雇用関係切断のもとにおいて使用者の就労拒否が労働者の義務を満足させるものでないことを述べたし、又、労務の提供の事実までをも判決は擬制する訳でもないから所得源泉(源資)をもつ収入とはいい難く、既述した考え方と併せて、仮に給与所得以外の立場で所得区分を考えるなら一時所得とするのが一番妥当なのではあるまいか。

 帰属年分に関しては「双方の合意、和解、判決等でその権利の内容が確定しでいる場合には特に履行上の障害もないことを前提に…合意、和解の成立及び判決の確定の段階で収益の発生ありといってよかろう。所得税法の『収入すべき金額』の意義も、損害賠償請求権についてはその執行力付与の時(17)、将来の給付については請求できる年分ごとに課税することになる。

 一時所得とすることによって、長期に係争が続いた場合の受領金員の多額さに対する累進税率の適用も半額課税の結果緩和されることになるし、又、何よりも訴訟費用を控除できるメリットもある。更に給与所得とした場合の様々な矛盾も相当程度解決できるのではないかと考えられる。併し、その反面、給与所得でないとすることにより、次のような矛盾が生じてくる。

 第一は、雇用関係の切断を中心として給与性を否定した結果、雇用関係が存続しつつ係争される場合、たとえば減給、昇給停止等の紛争が労働者勝訴となった場合の取扱との間に喰違いが出てくる点である。

 第二は、解雇の形態を利用して租税回避が計られうることである。併し、現実問題として給与所得区から一時所得への転換を裁判なり、労働委員会を通じてなすということは殆んど考えられないし、もしあり得るとしても実質課税の問題として処理できるのではないかと考える。

 第三は、係争期間が短期間であった場合の問題である。係争が数ケ月で解決して労働者が原職復帰した時、その金員はむしろ給与所得とした方が実務的には極めて便利であるし、納税者、徴収義務者共々納得できる面をもっている、そして前述した給与所得と考えた場合の矛盾とも殆んど抵触しないといえる。併し、紛争期間の長短によって所得区分が変化すると考えるのは疑問があるし、その所得区分が質的に変化する時期を決定することは更に困難であり、係争期間の長短と所得区分は無関係と見るのが妥当ではあるまいか。

 第四は、事実上の問題であるが、一時所得とすると源泉課税から除外されることになり、自主申告をまたざるを得ないが、果してどこまでそれが期特できるかの疑問が残る。むしろ給与所得としてバックペイの支払者に徴収をまかせた方が、より捕捉が容易であるといえよう。只この場合でも、支払命令の金額と労働者の実際に受け取る金額との間にはその分だけ差額が発生することになり、執行官が判決なりを強制執行する際には支払命令額を労働者に渡すことになるから、事実上徴収不能という事態も起こり得る。

 もちろん執行文に源泉徴収控除を明記してあるか、もしくは計算がなされていれば問題はないが、そのような例は極めて稀であり、果して当事者以外の第三者としての課税庁がどの程度まで源泉徴収の明記を要求できるのか、又、その法的根拠はどこに求めるかなど解決すべき面も多い。

 4 補

 以上のように、どちらの立場に立つとしても、必ずしも充分な解決を得られるとはいい難い。解雇無効判決の目的は、解雇された労働者を原職復帰させ、他の解雇されなかった労働者と全く同じ条件に置こうとするにあるから、この点でパックペイ等を給与所得と見ることの方がより妥当であるといえる。只、この判断をそのままに首肯できない点が主として2で述べた矛盾点であり、現行法の枠内で一つの試みとして給与所得でないとした場合の考え方を述べてみたものである。従ってより本質的には訴訟と租税という更に大きな観点からのアプローチが必要なのであろう。

 本稿の仮処分給与等にしても、訴訟係属中は除斥期間の適用が排除されるとの立法的な措置をもうけることにより、相当部分の矛盾が解決され得る。又、訴訟費用の問題も、例えば身障者や病弱者等、通常の通勤方法を得られない場合の異常な通勤費などの問題を含めて、それが給与所得と直接結びつき、且、合理性があると認められるならば、政令等への委任の形をとるかどうかは別にしても、給与所得から控除できる途を開いておいてよいと思うのである。

(1) 最判 昭37.7.20民集16巻8号P1656
  (2) 最判 昭37.9.18民集16巻9号P1985
  (3) 東京地決 昭40.10.13労民集16巻5号P691
  (4) 仙台地判 昭45.5.29労民集21巻3号P689
  (5) 大阪地判 昭33.4.i0労民集9巻2号P207
  (6) 沖野威 労働訴訟の課題 実務民事訴訟講座9所収P155
  (7) 静岡地沼津支部決 昭42.9.4
 「…右金員は給与所得の範囲に属し、これが支払金額より右関係法所定の金員を源泉徴収すべき権利義務を有するものというべきである。」
 これは静岡の銀行が執行官の全額強制執行に対して異議を申し立てた事案である。裁判所は源泉徴収義務を認めながらも、本件執行はどこまでも暫定的なものであるとして不法執行とはならない旨判示している。
 この即時抗告に対して東京高裁は昭和42年10月31日、「前記仮処分判決において抗告人に対し支払を命ぜられている金員が抗告人の従業員として雇用されていた日吉孝一に対する毎月の賃金の一部であることは、右判決の理由に徴し明らかである。」としながらも、判決文には全額の執行力ありとして、決定を下した。
 ※これらの出典は、国税庁審理課に照会された銀行からの写しによるものである。
  (8) この原因の一つは、和解には主文のないことがあげられよう。
     詳しくは石川明 訴訟上の和解と既判カ ジュリスト300号P266
  (9) 但し例外として、民事訴訟費用等に関する法律2条、11条、民訴法135条2項、人事訴訟手続法3条2項。
  (10) 以上の仮処分の内容及び必要性の基準は下記論述から引用したものである。
     青山善充 賃金支払仮処分の必要性 労働判例百選(第三版)P327〜323
  (11) 民法理由書 P464
     原典入手できず。後藤清 民法と労働法の接点 法律セミナー1970年8月号
     P79より引用(なお現代仮名づかいに改めた。)
  (12) 三宅正男 注釈民法(16)P81〜85
  (13) 沖野威 前掲P160
  (14) 有泉亨 産業構造の変化と労働法 序文 ジュリスト増刊昭48.5.2 P3
  (15) 吾妻光俊 不当解雇の効力 法学協会雑誌67巻6号P7
  (16) 渡辺伸平 税法上の所得をめぐる諸問題P94
  (17) 従って執行力が停止された場合、即ち仮処分申請に対して仮執行付判決が出された場合で、
     この判決に対する控訴に伴う強制執行の停止命令が出された場合を除く。民訴法512条、500条



                                     文責 佐々木利夫



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