はじめに 不動産所得とは何かに入る前に、所得税法では常に次の点が問題となる。第一は何が所得か(所得の概念)、第二にどの種類の所得か(所得区分)、第三にだれの所得か(所得者区分)、第四にどの年分の所得か(帰属年分)である。 第一の所得概念についてはここでは触れない。別に稿を改めて論じたい。 第二が最初に述べる所得区分の問題である。ある所得がどの所得区分に入るかは、所得税法は所得を10種類に分けて考えており、それぞれ計算法方が異なるから、大きな差があるといえる。 第三はいわゆる実質所得者課税の問題であり、第二節で触れたいが詳しくは別稿で論じる予定である。 第四の帰属年分についてはこれを、収入、必要経費に分けて第三節、第四節でふれることとしたい。 第一節 所得税法第26条 所得税法26条は「不動産所得とは、不動産、不動産の上に存する権利、船舶又は航空機・・・・の貸付け・・・・による所得をいう。」と規定し、常識的には不動産つまり、建物や土地の貸付けによる所得として考えている。 1 権利金、敷金 ここでまず、貸付けによる収入とは必ずしもいえない、権利金の問題がある。 権利金の性質としては、統制料金が安いので、権利金を取ることによって穴埋めしようとする場合で、前受賃料の性質を有するもの、造作代、借り手の競争が激しいところから、競り上げられたプレミアム、、賃借権の譲渡・転貸をあらかじめ承諾し、借主の自由処分を認めることに対する譲渡権利金、場所的利益の対価が考えられている。 賃借権の譲渡・転貸に関し、立てみまてせは借家権自体の資産性がまだ社会慣行化しているとは言えず、主として借地権の課税問題として起こってくる。借地権は全国的に見ると必ずしも慣行化されているとは言い難く、また不明な点も多い。一説には「税務署が課税のために借地権なるものを創設した」との見解もあり、別稿で考えてみたい。 権利金の性質に共通するのは、借地借家契約を締結する際に授受される金銭で、契約が終了しても返還されないもののうち譲渡所得とならないもの(所得税法施行令79条)として考えられており、借地借家契約、つまり、地代家賃に付随して生ずるものであって、この点で不動産所得と考えられている。 敷金・保証金は、借地借家契約にあたり数ヵ月分の地代家賃の額を受取り、契約終了時に返還するもので、一種の預り金といえる。従ってこの意味では不動産所得とはならない。 このほかにも礼金・更新料・名義書換料・承諾料など様々な名称が用いられているが、いずれも権利金か敷金のいずれかに区分できる性質をもっていると考えられる。 一方不動産の貸付けによる収入でも、不動産所得にならない場合があることに注意する必要がある。 2 事業用資産の賃貸収入 不動産業者の所有する棚卸資産、事業所得者が従業員に寄宿舎等を利用させて受ける使用料は、その事業にとって賃貸することが本来の目的ではなく(後者については従業員以外に賃貸していない場合に限る)、事業としての一貫した継続的行為から派生したもであると考えられるから不動産所得とはせず、その事業に係る事業所得とされる。 3 下宿との差 不動産所得は不動産の貸付けによる所得であり、他の所得相乗的に発生するものは予定していない。下宿の場合は、食事の提供と部屋貸しとが混然一体となった収入であり、単一の事業と考えられるので区分することはしない。ただ、部屋の料金と食事料金とを別々に算出しており、それが妥当と認められる場合(例えば、食堂経営者が食事の提供を一般顧客とは別料金にしろ当該食堂で一食ごとに別計算しているような場合など)には、別の収入であると考えることができよう。 4 帰属所得発生の場合の考え方 具体的には持家を所有しているAが、その持家を他に賃貸し、自らは他の家を賃借した場合の問題である。様々なケースが考えられるけれども、極端な場合として、Aは転勤によりB市からC市へ移転したため、持家を月額10万円で貸し同時にC市で自己が居住するために月額10万円で借家したと考えてみよう(住宅手当等は考慮しないものとする)。 A自身の感覚では一方において10万円の収入があり他方同額の支出があるわけで、それは建物に自ら居住するという同一の目的のもとに発生するのであるから、相殺されて無収入であると考えるであろう。 したがつてこのような場合に不動産所得としての課税を受けるような事態が発生したとすれば、Aとしては非常に不合理な感覚を抱くであろう。 これに対する説明は、最も簡単にはB市における収入は不動産の貸付けとして事実上存在し、C市における支出は家事費であってなんら収入に対応するものではない、つまり借家している者に家賃控除が現行法上ないところからくるものである・・・・とするものであろう。 このAの疑問は、帰属所得の認識が一般には理解しにくいところにある。帰属所得とは、自己の労働または財産に帰属する利益のことで、もっと分かりやすく言えば、ある特定の状況にあるために、そうでなければ支出しているはずの金銭を支出しないで済んでいる所得(経済的価値)をいう。 したがって例えば、自分で家を修繕したとき、大工に支払わずに済んだ賃金相当分であるとか、または妻が勤めに出ていないためにお手伝いを雇わずに済んでいる場合の賃金相当額などである。 一応持家のみに限定して考えるが、持家を所有するAと借家住まいのBとを考え、共に一年間の給与収入が同一であったと仮定する。現行所得税法上両者の税負担は同一である。しかし、AとBには家賃支払いの有無という決定的な違いがある。もちろんAには固定資産税や住宅の管理費などの支出という別な面もあるが、それを考慮してもなお、Aにはそれ以上の有利さ(もしくはBの不利さ)がある。これは例えばサラリーマンにおける給与所得控除の問題ではない。一律平板的に適用される給与所得控除の多寡では解決できないからである。 ここで、AとBとの担税力を等しく捉えようとするならば、Bの所得から家賃相当額を控除するか、若しくは持家に伴う利益(通常得られるであろう家賃相当額から諸経費及び減価償却費等を控除した差額)を所得とみなしてAに課税することである。しかし、現行法上家賃控除は認められていないし、後者の所得(帰属所得、Imputed income)も課税対象とはされていない。いわば、帰属所得が潜在化していると考えられ、それが特別の場合に顕在化したのが本件のような事例であると考えざるを得ない。従って転居以前には法律的な規定がないためもあって、AはBに比し有利な立場にあったのであるが、転居という現象にともないそれがBと同等の立場になったということであり、Aに課税することは別に他の所得者に比し不利となった訳ではないと説明されよう。 5 事業として行われている不動産所得の意味とその効果 不動産所得というものを、所得税法は資産所得として考えているため、その貸付けが一間程度の小規模のものであろうと、貸付けを業として行っているものであろうとすべて不動産所得としてとらえている。 しかし、単に資産所得とはいっても事業所得に非常に類似しているものもある。そこで、事業所得に類似しているものについては事業所得と共通した取扱いが望まれるようになる。具体的には資産損失の取扱い(所得税法51条1項、4項)、青色事業専従者給与(同57条1項)、事業専従者控除(同57条3項)であるが、これらについては第四節で触れたい。 所得税法上これらの区別は、不動産所得を生ずべき「事業」及び「業務」として考えられており、その判断基準はあくまで「社会通念上事業と称するに至る程度の規模で建物の貸付けを行っているかどうか」に求めることになる。 しかし、これでは具体的な事例に対して困難であることから、課税庁では「特に反証のない限り」、次のようなものは事業として行われていると考えているのである(所得税法基本通達26−9)。 @ 貸間・アパート等については、貸与することのできる独立した室数がおおむね10以上であること。 A 独立家屋の貸付けについてはおおむね5棟以上であること。 6 その他 地代家賃の額は必ずしも定額である必要はなく、売上げその他の一定割合により収入するものも含まれる。
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