第二節 実質所得者課税 1 名義人課税(表見課税)と実質課税 ある人が妻や子の名義で賃貸契約を締結した場合、借家人はその名義人に賃料を払うことで債務を履行したことになる。このように、私法の世界では取引の安全、善意の第三者の保護という理念が強く働くので、表面に表れた法律関係が尊重される傾向にある。 ところが、税の世界では違った見方をしなければならない。このことは我が国に限らないのであるが、所得税の構造がどこの国でも非常に強い超過累進税率となっているため、所得を分散することによってこの適用を免れたいという意識が働くこと、また所得税と法人税の質的及び税率の相違などから負担を軽減しようとすること、などが考えられる。 このような原因により実質と表面とのかい離があることは、応益負担の考え方からしても許されないことであり、不動産所得の場合にも単なる建物の名義人、賃貸借契約の当事者名のみにとらわれることなく、所得の帰属を実質によって判定しなければならない。 この点、固定資産税は、登記簿、課税台帳に所有者として登記、登録されている者をもって納税義務者としているから(地方税法343条1項、2項)、表見課税の好例といってよいであろう。 なお、信託財産のばあいは、法律上、表面上の所得の帰属者は受託者となるが、所得税法は通常受益者たる者を実質所得者と考えている(所得税法13条1項)。 判例も「納税義務者の母、長男の登記名義になっている各家屋から生ずる賃貸料は、一応右母、長男の所得と推認できるが、納税義務者は、右母、長男と同居してこれらの者を扶養して生計を主催しており、しかも右母は60余歳の老齢、右長男は14歳の年少であるなどの事情の存するときは、右各不動産から生ずる賃貸料は実質的に納税義務者に帰属するものと解すべきである」(昭和32年9月24日、大津地判、行裁例集8巻9号P1636)としたものや、「所得が何人に帰属するかは、何人が主としてそのために勤労したかの問題ではなく、何人の収支計算のもとにおいて行われたかが問題である」(昭和33年9月29日、最高裁判決、税務訴訟資料26号P759)とするものなど、多数見られる。 結局は、単なる名義人ではなく資産の真実の権利者がその利益を享受しているとみるべきであるが、必ずしも真実の権利者が明白でない場合も多く、実質所得者課税の問題は課税の公平という公的な要請である一方、納税者側から主張されることも多く両刃の剣の様相を呈している。例えば、除斥期間終了後に、真実の所有者権利者は別人であって、課税処分は誤りであった・・・・等の申し立てがあったとき、そしてそれが真実であったときは課税を取り消さなければならないのかなどという問題である。 実際の取扱いは、真実の権利者が明らかでない時には、その資産の名義人が真実の権利者であると推定している(所得税法基本通達112−1)が、「推定」は反証が許されるのであるから、上記の問題の完全な解決にはなっていないと言えよう。 2 相続登記未了の場合における収入の帰属 貸家等の所有者が死亡した場合、当該貸家は相続人に遺産分割されることになるが、その場合、当該建物が特定の相続人に分与されたにしろ、また共有となったにしろ、更には分割協議が不調であったにしろ、事実上相続登記がなされないままになっているケースが非常に多い。 相続登記がないとしても、その収入されたものが分割協議に従い特定人または共有関係にしたがってそれぞれ帰属しているなら、それにより課税することになろう。 しかし、分割協議等が不調のため、宙に浮いているような場合で、かつ、それが確認できるような場合には法定相続分で課税する以外にないであろう。 もちろん、分割協議不調の場合でも特定人に収入が帰属していると認められる場合はその者に課税することになろう。
|