第三節 収入の帰属年分

1 発生主義、現金主義と現行法の考え方
 所得税法は歴年を単位として所得を計算するから、当該所得以外の所得の有無や多寡、毎年の税法の改正に伴う税負担の増減などから、ある収入がどの年分に帰属するかは大きな問題となる。
 具体的な担税力という側面から考えると、現実に収入のあったときに課税することの方が合理的と考えられないこともない。会計学的には古くから、発生主義と現金主義の考え方があったが、現金主義を採用することは、時間的に継続する様々な取引を、一定の期間に区切って計算する所得税(法人税も同様)においては、費用と収益が対応しないという面もあわせ、現金主義は不合理と解されている。
 もっと正確な考え方としては、基本となる取引が現金を受け取る前にあって、その取引の一段落がついた時期でどの年分の属するかを決定しようとするものであり、これが発生主義の根本にあると考えられる。

 すなわち、@今日のような信用取引の時代においては、現金の授受がなくても債権が確定すれば所得が実現したとみるのがむしろ合理的ではないか。つまり、債権が発生すればそれだけで財産的価値を取得したことになり、そういう意味ではその段階で所得が実現したとみるのが合理的であること、A現金主義をとった場合には、所得を各年に平準化することによって累進税率の緩和をはかることが可能になるし、あるいは現金授受の時期を繰り延べることによって税負担を延期することも可能となる。要するに現金主義のもとでは人為的に現金授受の時期を操作することによって税負担の軽減をはかることが可能となるから租税の公平の観点から好ましくない、ことが基本にあるものと思われる。

 このことが、「収入すべき金額」(所得税法36条)の「すべき」という表現となり、「収入した」とか「収入のあった」という概念とは明らかに違うことを立法的に明示したものといえる。
 不動産所得においてもこの36条が包括的に適用されるから発生主義がとられ、現在の取扱いは、基本的に契約または慣習により支払日の定められているものについてはその支払日、支払日が定められていないものは支払いを受けた日(ただし請求があったとき支払うとされているものはその請求の日)とされている(所基通36−5)。

 したがって必ずしも厳格な意味では使用できないかも知れないが、請求権発生、具体的金銭債権として請求可能な財産権となって課税適状と判断される時点をもって収入に計上するのであり、いわゆる「権利確定主義」と呼ばれる考え方がその背景にあるものと思われる。
 所得が課税の対象となるべき時期に達しているとみるべきかどうかは、所得の発生原因たる事実に対する法的評価を離れて、経済上の成果のあらわれに即して判断すべきであろう。もっとも、有効な法律行為を介して経済取引の行われている通常の場合は、法的評価と経済的評価とは一致し、前者は後者を認識する目安となるであろうが、所得を認識する基準はあくまでも経済的評価によって決すべきであろう。

 ただ、例外的に現金主義による記帳が認められている小規模青色申告がある(所法67条)。これは、今までも述べたように、現金主義は必ずしも合理的でない面を持つことは否めないが、小規模な所得者についてまで画一的に発生主義に固執することは、特に継続記帳を必要とする青色申告者にとって煩雑であるのも事実である。このため、前々年の一定所得を限度とし、届出を要件として、現金主義を認めることとされている(ただし、減価償却だけは現金主義によることができないので通常の計算による)。

2 返還を要しないこととなった敷金等
 @ 権利金の帰属時期については請求権発生のときであり、分割支払いにかかわらず、貸付けにかかる資産の引き渡しを要するものについては引渡し基準、引渡しを要しないものについてはその貸付けの契約の効力発生の日によるべきである。ただ、引渡し基準といっても実際にいつ引渡しが行われたか不明な場合も多く(得に土地など)、納税者が契約の効力発生の日をもって申告しても認めることとしている(所基通36−6)。
 A 敷金は預かり金であるから課税の対象にはならないが、返還を要しなくなった敷金について、当初から返還を要しないこととなっている部分については、権利金と同一の性質を持つと考えられるから上記@の取扱いと同じである。
 B 貸付け期間の経過に応じて返還を要しなくなった部分については、それが返還を要しなくなった日、その期間が不動産の貸付けの終了日とされている場合は終了の日、つまり、単なる預かり金たる負債の性質を失ったときの収入となる。

 3 未収入金の考え方
 1でも述べたように、所得税法は現金主義をとっていないから、事実上の収入にかかわらず、請求権発生時の収入として課税される。

 4 前受金
 先にも触れたように、権利金には地代家賃の前払的性格もあるが、権利金には一括した請求権があるから、その請求権発生時に課税するのである。
 これに対し前受家賃は形式的には具体的請求権を有しているわけではなく、また、特約により前受家賃等をとるとしていても、それは前受でありまた敷金的なものの変形と考えられるから、その前受金が具体的に自己のものとなったとき(すなわち、前受の当該月が到来するごと)に収入が実現したことになると考えるのが法的な評価であろう。

 しかし、一般的に前受家賃といっても、前払が契約で定められていたり、事実上契約が解除されたりすることもないまま返還されないことが多いことなど、経済効果としては家主に帰属しているから、原則的として収入のあった年分の所得と考えることのほうがより合理的であろう。これは実質的には担税力がその年分に発生していると考えられるからでもある。
 これに伴い、必要経費と考えられるもので、かつ、将来のものが判然と見込まれ合理的な計算が可能なもの(例えば減価償却費、火災保険料、固定資産税など)については、見込額で控除することができることとされている(所基通37−3)。
 なお、不動産の貸付けが事業的規模で行われており、帳簿を備えて継続的に記帳を行い各年分に分けて申告する旨の明細書の提出がある場合は、前受処理による申告が認められている(昭和48.11.6国税庁通達)。

 5 訴訟等による供託金及び勝訴解決金の取扱い
 家主の家賃増額申込みや未収家賃の請求、賃貸契約解除等の原因により借主との間にトラブルが発生し、訴訟となるケースが多い。
 まず、未収家賃の請求に関しては、請求権は通常の場合毎月発生しているから、実際の収入の有無にかかわらず発生主義で課税されることになる。従って後日勝訴により一括して受取ったとしても、その時点での課税はない。

 増額要求に関しては、一応請求権自体は形成権と考えられており、意思表示のみで効力が発生するから、その意味では借主側の意思に係わらず、増額後の家賃全額について課税適状にあると考えられる。
 しかし、賃貸借契約は借地借家法や民法賃貸借契約による借主保護の規定が強く働き、必ずしも形成権行使がそのまま認められるとはいえない。そうすると紛争解決時に一時に課税するのが妥当であるとする意見も十分理解できる。

 結局は、形成権行使自体に対し課税することは、裁判が長期化した場合に担税力の面から問題が残るし、解決時の課税には超過累進税率による過重負担及びその収入がなかったために過去の各年の所得に赤字があった場合や、課税最低限以下であった場合などの通算的要素をどう考えるか、更には訴訟結果が課税庁には不明であることから、自主申告を期待することにならざるを得ないが、どこまでそれが期待できるかという執行上の問題も残るから、この両者の節点をどこに求めるかという問題になろう。

 ただ借家人は裁判中、自己が相当と認める借り賃を支払いまたは供託しなければならず(借地借家法32条2項、地代も同じ)、通常その額は既往の家賃と請求された家賃との間に位置するであろうから、その限度において貸し主の意思と矛盾することはない。従って、供託された部分については貸し主に収入があったとみていいことになる(所基通36−5)。なお、供託金を受領したとしても、当該金額で家主が納得したと裁判で認定されることはない。

 賃貸契約の終了、または家主の明け渡し請求に伴う賃貸借契約存否の係争等に係るものは、家主が家賃の発生そのものを否定し立退きを要求しているのであるから、いかに家賃等の供託があったとしても、家主に収入が帰属したと考えることには無理がある。ことに、立退きを要求している家主がその係争期間中の金員の支払いを求めるのは、賃貸料なのではなく立退きをしないことに対する損害賠償金の請求であると考えられるからである。

 こうした場合には、判決もしくは和解により受けることが確定した時に収入に計上すべきであろう。この収入は、必ずしも賃貸収入であるとは言い難いが、賃貸収入に代わるものであると考える。

トップページ    ひとり言目次   前節   次節