第四節 必要経費(承前) 3 繰延資産(繰延費用) 先に述べた減価償却は、固定資産を一定の年数にわたり必要経費に算入通するものであったが、資産としての実体を備えていないにも係わらず、ある支出をその年分の必要経費として処理するにふさわしくないと判断されるものがある。 所得税法はそれを操延資産と呼んでいるが、資産とはいっても単に会計上の一種の擬制であり、B/Sの資産の部に計上される経費といった程度の意味しかない。 一般に「支出する費用のうち、支出の効果がその支出の日以後一年以上に及ぶもの」(所法2条1項2@号)と考えられ、具体的には不動産所得に関しては、不動産賃貸事業を開始するまでに支出した開業費、自已の必要に基づいて行う遺路等の工作物の設置・改良のために要する費用、貸家組合等が会館を建てるために支出する負担金等がある。 これをどのように費用化(償却)してゆくかは、一応その支出の効果が及ぶ期間を基礎として政令で定めるところにより計算した金額(所法50条)とされているが、固定資産の場合と異なり、残存価格はないところで計算する。因みに開業費は5年、それ以外のものは支出の効栗の及ぶ期間の月数とされている(所令137条)。 4 未払費用、前払費用 収入金額に関して現金主義が不合理であることは前述したが、必要経費についても同様であり、所得税法37条1項によると減価償却以外の費用についてはその年において債務の確定しているものに限るとしている。これは、「収入すべき」と考え方を一にする表現であり、支払がされていなくても、その年中の経費として債務が確定している以上必要経費に算入されるし、たとえ支払済であつたとしても未確定であったり、将来の費用の前払などは算入されないこととなる。 5 取壊し損・貸倒れ・災害損失等の資産損失の取扱い 必要経費の最初で述べたが、所得税法は必要経費を費用と損失の両者を含むと解しており、それが所得税法37条の別段の定めとなってあらわれている。ここでは明らかに、費用と損失というものが共に収入を減殺する要因としては共通であっても、概念の違う対立するものとして考えられている。 一般に費用という概念は経営活動のために消費せられた経済的価値であって、目的たる収益のための手段としての考えが強い。従って目的意識の伴なわない価値の消費は費用とならず、経営本来の目的活動から離脱したものとして損失と名づけられるのである。 これはいわば、所得税法が明治20年に施行された時のいわゆる所得源泉説に立脚した必然的結果であったと思われる。この原因としては、所得税の対象たる個人には事業活動の主体者としての面と、消費生活の主体者としての面の二面性を有するところにあると考えられる。 この二面性の有機的結合なり接点をどこに求めることが全体として矛盾のない税負担の仕組となり得るか、この点の解決が極めて困難であって、この模索が除々に純資産増加説的な発想への移行にも係わらず、課税所得拡大についてゆけなかった資産損失のギャップを生んだものと考えてよいであろう。 つまり、経費というものの性格につき、総収入に対応する限りは費用として扱うが、対応しない損失については個人の事業が消費生活と切り離せず、企業と家計が未分離の状態における支出であるため、特に必要経費に算入すると認めたものに限り控除し、それ以外の通常一般的な損失は必要経費に算入しないとしたものである。 資産損失のうちでもっとも典型的にあらわれるのは、貸倒損失である。もともと所得税は経済的な利得を対象とするものであるから、究極的には実現された収支によってもたらされる所得について課税するのが基本原則であり、ただ、その課税にあたって常に現実収入のときまで課税できないとしたのでは納税者の恣意を許し、課税の公平を期し難いので、政策上の技術的見地から収入すべき時をとらえて課税することとしたものである。この意味において、収入すべき権利について、後日実現のあることを前提として帰属年分を決定したものであると考えられる。 従って課税後において、課税対象とされた債権が貸倒れによって回収不能となった場合、先の課税はその前提を失い、結果的には所得なきところに課税したことになる。このため、これらを是正するためにも貸倒れを収入から控除するものとして考えなければ首尾一貫しないことになる。 この場合、理論的には当該貸倒れとなった債権が課税された時点に遡って是正すべきと考えられるが、一般的に不動産収入は回帰的・継続的であるから、その貸倒れの発生した年分の必要経費とし、事業と称するにいたらない程度のもの(所得税法上は不動産所得を生ずべき業務と表現している)に対する貸倒れは更正の請求の特例として遡って減額することとしている。もちろん、事業的規模で行なわれている場合であっても、貸倒れが生じたとき既に廃業などで不動産収入がなくなっているような時には、遡って滅額するような手段も残されている。 取壊し、除却、減失の場合の損失は、その年分の必要経費となる。但し、不動産の貸付けが事業と称するに到らないような揚合には、その損失はその損失がないものとして計算した不動産所得の金額が限度とされる。つまり、赤字の所得は認められていない。その代り滅失等が災害により発生したものである時は、この不動産所得の金額を限度として必要経費とする方法と、雑損控除(所法72条)のいずれかを選択することができる(所法51条4項中段)。 資産損失を選択して必要経費とした揚合の損失額の計算は通常未償却残高を基とするが、雑損控除を選択した場合には損失直前の時価によることになっており(所令206条2項)、総所得金額と退職・山林所得の合計額の10%を超えた部分が控除されるという面はあるものの、その年分の所得金額から控除しきれない時にはその不足額を翌年以降3年間にわたり繰越して控除することができる(所法71条)。 従っていずれか有利な方を選択できる訳であるが、企業と家計が未分離の状熊にある個人所得者の特徴がここにもよくあらわれているといえる。
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