第五節 所得の計算と確定申告 1 所得の計算 これまでで、不動産に関係する収入が所得を構成するか否か、構成するとすればいつの年分の収入になるか、必要経費の額はどのように計算するかをさぐってきた訳であるが、所得金額とはとりもなおさず、この収入と必要経費の差額として認識されるものである。 2 申告不要の所得限度 算出された所得金額は、原則として確定申告を必要とすることになっているが、所得者が次のような場合には取扱いが異なっている。 ① 不動産所得のみしかない者 所得金額が、基礎控除、配偶者控除、扶養控除その他の各種控除の合計額より少ない時(つまり税額のない時)は申告不要となる。但し、割増償却を適用していたり、雑損・医療費控除を受けようとする場合、又は純損失を翌年以降に繰越そうとする場合、その他税法上の各種特典を受けようとする場合などには税額の有無に係わらず確定申告を必要とされることが多い。 ② 給与所得者の場合で、不動産所得の金額が一定額以下の者 給与を2箇所以上から受けている者は、原則として確定申告が必要となるから、それに伴って不動産所得が少額であっても確定申告が必要となる。 1箇所からの給与所得者の場合は、不動産所得や配当所得等、給与所得以外の所得の合計額が20万円までの者は確定申告が不要である(所法121条)。 これは20万円以下が非課税であることを意味するものではないことに注意すべきである。非課税は所得税法9条に列挙されているが、これはその中に含まれている訳ではなく、121条において単に確定申告を要しないとされているに過ぎないからである。これは、給与所得については源泉徴収制度があり、年末調整によって確定申告に準ずる年税額の清算がなされる関係上、他に小額の所得があった場合に、すべて申告義務を負わせて重ねて清算を行うことはかえって煩雑になるので、税負担の均衡を害しない限度で給与所得者の手数を省き、かつ、税務執行の簡素化を図る見地から設けられたとみることができる。 従って、課税庁が20万円以下のものに対して決定することは許されないが、納税者が配当所得を加算して還付を受けようとする場合や雑損・医療費控除を受けるために還付の申告書を提出する場合、また、前述した割増償却を受けるために確定申告書を提出する場合等は、「確定申告書を提出する」という事実のみをとらえて、どのように少額であっても合算して税額を計算しなければならないこととなる。 なおこれは、確定申告が不要であるというのみであって、本人が自主的に申告することまでをも否定したものではなく、また、一旦申告した以上は申告不要の故をもって減額の請求をすることは許されないと考える。 しかし、納税者が申告不要の事実を知らなかったような場合にまでこのことを厳格に解することは、税務執行上の問題が残るといえ、実務的には、確定申告を要しない給与所得者から、当該確定申告書を撤回する旨の書面による申出があった時はこれを認めることとしている(基通121-2)。 この取扱は、その撤回が確定申告期限内であるならまだしも、将来に向ってまで認めるのであるから心情的、感覚的には理解できないとはいえないが、所得税法上ここまで読みとれるかは疑問であって、解釈通達としての範囲を超えていると考えられなくもない。これは法文上次のように理解され得るからである。つまり、121条は単に申告を要しないと定めているのみであって申告を撤回することまでをも予定している訳ではなく、少なくとも納税者が申告することを一度選択した以上、そのことが結果的に法の無知によるものであるとしても有効な法律行為であると解されるからである。 判例も次のように述べている。「…五万円未満のその他の所得を有する給与所得者がなんら確定申告書を提出しないのに拘らず、これについて課税庁が決定処分をすることは許されないが(国税通則法第二五条)、給与所得者がなんらかの理由により進んで確定申告書を提出した場合…には、一般の所得について確定申告書が提出された場合と同様の原則によって、当然右五万円未満の所得も含めて課税標準たる総所得金額が計算され、もし申告書に右所得の記載がなくまたは過少であるときは、これを加えて正しきに従った更正が行なわれることとなるのである。…原告は、更に、仮にそうであるとしても、本件では、すべての所得を事業所得として申告したのであるから、前記法第二六条第一項第一号(旧所得税法であり、現行法の121条にあたる)の適用上これを給与所得と雑所得の申告があったものとして扱うことは当事者の意思解釈からしても許されないと主張するが、所得の種類について誤解ないし誤信があったにせよ、それによって原告の本件確定申告書の提出が無効となるものではないし、また、一旦確定申告書を提出した以上、更正によって予期しない不利益を受けることになったからといって右申告書の提出がなかりしものとするわけにはいかない。前記法第二六条の規定は、確定申告書を提出するかどうかについて納税者の選択を許したものではあるが、すでに右申告書が提出された後においてまで納税者の意思によってこれを左右することを認めたものとはとうてい解されない。…」(東京地裁昭和43年4月25日判決税務訴訟資料52号p759、同旨、東京高裁昭和47年9月14日判決税務訴訟資料66号p233)。 20万円以下の申告不要は給与所得者の年末調整と密接に結びついているのであるから、確定申告書の提出が義務づけられているところの給与収入1,000万円を超える者にはこの規定の適用はないこととなる。 3 臨時所得の平均課税 所得税は法人税と異なり非常に強い累進税率を採用しているため、数年分をまとめて課税された場合と、各年に分割して課税された場合とでは、税負担額に大きな差が生ずることになる。 これを、大なる所得には高い担税力があるとして割り切ってしまうのも一方法であり、原則的には所得税法も、所得の大小による暦年の変化を調整することはしていない。 しかし、本来であれば当然過去の、もしくは将来の数年間にわたり、分割して課税を受けるべきであった、もしくは受けるであったであろう収入を、たまたま一度に受け取った場合などに、税負担のアンバランスを調整しようとすることは寧ろ必要なことであるといえる。 臨時所得に該当する不動産収入の例としては主として権利金であり、これが臨時所得であるための要件は、契約期間が三年以上であって、かつ、その額が賃貸料年額の二倍以上でなければならない(所令8条ニ号)。この他には、三年以上の休業補償金、損害賠償金等があり、前述した賃貸借契約の存否を争って受け取った金員も、その計算期間が三年以上であれば臨時所得に該当する。 臨時所得に対する税額の計算は技術的なものであり、ここでは触れないが、ごく大筋を述べると、臨時所得の20%(臨時所得が数年にわたり発生する時はその平均額)を超過した額)を他の所得に合算して税額を計算し、その実効税率を残る80%の臨時所得に乗じて総税額を求めるものである(所法90条)。 4 不動産所得と青色申告 不動産所得はいかなる場合でも青色申告の申請ができる。それがたとえ、事業的規模で行われていないとしてもである(但し、専従者給与については事業的規模でなければ認められない)。従って、青色申告特別控除(措置法25条の2)は青色申告者の全てに認められることになる。 不動産所得概論(佐々木利夫) 完
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