給与所得の性格と課税上の問題点(10)
  

第三章 所得税法における給与の意義

 第一節 給与所得規定の分析

 1 所得税法第28条

 給与所得とは俸給、給料、賃金、歳費、年金(過去の勤務に基づき使用者であった者から支給されるものに限る。)、恩給(一時恩給を除く。)及び賞与並びにこれらの性質を有する給与(以下この条において「給与等」という。)に係る所得をいう。

 この規定は次の五種にグル一プ分けして考えることができる。
 第一は俸給、給料、賃金、第二は歳費、第三は年金、恩給、第四は賞与であり、第五はこれらの性質を有する給与である。そしてこれら全体を包括して給与等と呼び、この給与等に係る所得を給与所得として把えている。

 第一のグループにおける三種の名称はそれほど重要ではない。通俗的には俸給は官公吏に、給料はいわゆるサラリーマンに、そして賃金は肉体労働者に用いられる傾向が強いといえるが、法的にはかならずしも統一されている訳ではなく、又これら以外の名称の用いられている例も少なくない。

 俸給の名称は国家公務員等の基本給の意味に用いられ(一般職の職員の給与に関する法律、特別職の職員の給与に関する法律、防衛庁職員給与法等)、給料は地方公共団体における基本給(地方自治法204条、地方公務員法25条)や国会議員の秘書の基本給(国会議員の秘書の給与等に関する法律)及び、船員の固定給(船員法4条)などに用いられている。又、賃金は主として労働法の分野にあることは既に第二章において触れたところである。

 併し、これらで全てなのではなく、給与という名称のもとに、国及び地方公共団体の職員、公団公庫等の政府機関に勤務している職員の俸給+諸手当、給料+諸手当について呼ぱれており、裁判官や非常勤地方公務員、地方議会議員に対しては報酬とされ(裁判宮の報酬等に関する法律、地方自治法203条)、厚生年金保険法や健康保険法も同じく報酬なる用語を用いながらも、その内容において労働基準法の賃金と殆んど異ならない。従ってこれらについては第五のグループの概念を適用するまでもなく、第一グループはこの三種の名称のみに止まるものでないことは明らかである。そしてこの形における給与が給与所得の中で最も普遍的なものであり、適用人員も多く、更には給与所得概念の中核をなすものであるといって良いであろう。

 第ニグループの歳費は「国会議員の歳費、旅費及び手当等に関する法律」においてのみ用いられ、衆参両議院の議長、副議長及び議員に支給されるものである。
 国会議員の地位は選挙により取得するが、その選挙は「国家機関の地位にある者を選定する行為であって、権限の委任を含まない」(1)けれども、他面「選挙と任命は性質を等しくする」(2)のであり、全国民を代表する者(憲法43条)として全国民の利益のために行動しなければならぬ義務を負っている。

 「歳費は、議員の職責を全うさせるために支給される給与であり、一般公務員に対し職務遂行の反対給付として支給される俸給、給料とは異なる」(3)とされたり、「現行給与所得の範囲については、歳費など雇用類似の諸種の形態のものがあって、かならずしも明瞭に割り切れないところがある」(4)とされるように、かならずしも第一のグループとは同一視できず、しかも実費弁償ではないから旅費通信費の支給とも異なるのである。併し歳費の額は内閣総理大臣や国務大臣、政務次官等の特別職職員の俸給月額が基礎とされ(国会議員の歳費、旅費及び手当等に関する法律1条)、議員で他の公務員を兼ねるものは、その公務員としての給料の支給は停止されるものの、公務員としての給料が歳費より多い時は差額を支給される(同7条)ことや、更には特別職の職員並の期末手当を受けること(同11条の2)など、公務員の給与にかなり似かよった性格を与えられている。

 第三グループにおける年金恩給は、現実の雇用もしくは労働関係から離れた後に生ずるという面で特異な性格をもつものである。恩給は恩給法に基づき、公務員の勤務年数によって発生するし、年金は条文上、過去の勤務に基づき使用者であった者から支給されるものに限定されているから、この両者は遇去の勤務に基づくもので、かつ、使用者から支給されるという意味において共通性をもつといって良い。

 これらの制度は第二章でも触れた我国待有の終身雇用制度が、定年後においても適用されるという側面を見逃すことはできまい。そしてこれを給与所得として把えることの意味は、種々の社会保障制度としての年金保険の中から特に「使用者から支給される」、とした点にある。しかもそれは一時的に支給されるものであってはならず、あくまでも年金として年払、更には終身まで永続するものとして、つまり、労働契約の延長上のものとして終身雇用、生涯扶助の概念の中にひたっている。

 第四グループの賞与は、年に数回、臨時的に支給されるものであるが、現在日本ではほぽ全企業において慣行され、公務員においても期末手当、勤勉手当として法制化されている。金額の決定には種々の方法があるが、「労働者の勤惰を相当に考慮し、またその定額賃金と合して彼等の社会的地位に相当なる生活を保たしめている等の点を鑑みるときは、これを労働の対償とみるべきであり、付加的性格の賃金である」(5)、と考えることが妥当であろう。
 少なくとも我国において賞与は、臨時的、恩恵的なものと考えられていなく「期待権ではなく、労働契約関係の継続中すでに発生しているが、分肢的債権は、その都度、団体交渉によって、債権が発生するものと解すべきで…後払賃金にすぎない」(6)から、使用者の一方的決定を許すものではなく、労働契約的関係下にある者の地位として支総されるものであり、この後払賃金としての性格が年を単位として定期的であるという意味において、給与所得として考えられる根拠となるものであろう。

 ここで問題となるのは役員賞与である。役員賞与はそれが法人税法における損金性を有しない点で表面に出てくるが、本稿の目的はそこにはなく、果して賃金性・給与性を有するか否かにある。「会社の重役の賞与は利潤の分配であって、労働の対償としての賃金ではない」(7)とする見解もあるが、この点についてはむしろ役員賞与のみに限らず、役員報酬も含めた全体に共通する牲質をもっていると考えられるので本章第三節において具体的に検討を試みることとしたい。

 第五のグループ分けの対象とした「これらの性質を有する給与」をいかに把えるかが本条の全体、即ち給与というものの性格を把えるうえでの最大の要案となる。ここでは第五節における給与所得の考え方の前提として、この文言の内容を検討することとしたい。

 「これらの性質を有する」との用例は所得税法の規定の中でも特殊なものである。10種類の所得区分のうちでは給与所得と退職所得(ともに給与の一類型と考えられる)についてのみ用いられ、一時所得では「労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないものをいう」として反対の意味に用いられているに過ぎない。その他の所得が、すべて「・・・に係る所得」、「・・・による所得」、「…から生ずる所得」と、それぞれの範疇に疑問は残されながらも断定的な表現の仕方をしているのとは対照的である。

 この文言が法文上加えられたいきさつは既に第一章において触れたところであるが、このことによりどれほど課税所得の範囲の拡大をなしたかは疑問であるが、条文上は給与所得の範囲を漠然としたものに変えたといえるであろう。つまり第一グループから第四グループのそれぞれが異なった性格をもっているにもかかわらず、独立のものとして扱かわず、全体をカッコでくくってこれらの性質を有する給与としたために、第一グループの性質を有する給与、第ニグループの性質を有する給与…としての性格以上に、これら全体に共通する要素の性質を有するものをも給与所得と考えたことになる。

 従って所得税法28条は給与所得の規定なのではなく、いみじくも条文中に用いられているように正確には給与等所得と表現すべきものであろう。そしてこの「等」とは、限定されたいくつかの概念を結ぴつけた、利子、配当・不動産の各所得における「等」とは異質なものであり、「これらの性質を有する給与」という不確定概念を含んだところの用語である意味において、給与所得の範囲をあいまいなものにしているのである。

 現行規定になった昭和40年改正に際し、税法整備小委員会は「現行給与所得の範囲については、雇用契約に基づく給料賃金のように典型的に給与所得と考えられるもののほか、歳費や年金恩給など雇用類似の諸形態のものがあって、必ずしも明瞭に割り切れないところがあるが、規定の仕方としては止むを得ない限界があると思われる」(8)として、自から不確定概念の含んでいることを認めているが、租税法規が侵害規範とされている以上、前述四グループから共通なパターソを抽出するにしても法的安定性の要求の上にあって、あくまでも国民の合意が得られるような形でなければならないであろう。
 この試みは五節において行いたい。

 2 みなす給与

 所得税法29条は種々の種類の年金を給与とみなしている。ここに掲げられた年金の性質は大きく次の三つに分けることができよう。
 第一グループ 国民年金(一号イ)
 第ニグループ 農業者年金基金から農林漁業団体職員共済まで(1号ロ〜リ)
 第三グループ 適格退職年金(2号)

 順序をかえて第ニグループから先に検討を加えることとする。これらはいずれも年金受給者が雇用関係ないし勤務関係にあった間に被保検者なり組合員として自ら保険料や掛金を負担した場合に支給されるものであって、しかも原資の相当部分は使用者の負担になる。このように雇用関係等にあった間に自分が被保険者等として保険料等を支払い、それから使用者の側でも保険料等の相当部分を負担していたという場合に支給されるので、使用者から給付される年金や恩給と類似の性質をもつことになり、この類似性の故に給与所得として扱うという趣旨であると解せられる。

 第三グルーブは、使用者が従業員などのために信託会社等との間に適格退職年金契約を結び、従業員も使用者と共に掛け金を出し、従業員が退職した時、その信託会社から年金を支払う制度である。一応適格と不適格の区別がある訳で、その要件は政令で詳しく規定され、しかも最終的には国税庁長官の承認が必要とされている(法令160条)。従って従業員、使用者とも掛金を払い込み、退職した場合には信託会社等から年金が支給されるという意味で第二グループと酷似していると見てよい。

 併し、第一グループの国民年金は雇用関係や勤務関係を前提としない点で前述した二つのグループとは別異な存在となっている。只、自からが掛金を負担し、老令なり傷害を原因として支給が開始されるのであるから、使用者の負担が理論上あり得ないことを除くと厚生年金などの退職年金と類似しており、他のグループと同一に扱うことが適当であるとする考え方がそこにあるのであろう。

 これらの年金はいずれも長期間にわたって定期的に支給されるという性質をもっており、その基金(原資〉が大多数過去の使用者によって、一部分ではあるが負担されているということがあげられる。併し、自己負担があること、雇用関係等にない者が含まれているなど、所得税法28条における年金恩給とはかならずしも法律的性質を同じくするものではないと考えて良いであろう。只給付の性質は異なっても、退職なり、老令に達した後、長期間定期的に給付を受けるという意味と、過去の雇用関係等が含まれて(第二、第三グルーブのみ)という要件のもとにおいては、受領の経済的効果として所得税法28条の年金に類似していることから、みなす給与としたと考えられる。

(1)(2) 田上譲治 憲法提要P148
  (3) 法律経済語大辞典 光文書院 
  (4) 税法整備小委員会 昭38.10.18
     税法整備小委員会の審議結果の税制調査会への報告P20
  (5) 水島密之亮 賃金の法律上の意義 経済学雑誌18巻4号P41
  (6) 津曲蔵之丞 賃金(一) 労働法講座第5巻 労働基準法所収 P1170〜71
  (7) 津曲蔵之丞 前掲P1171
  (8) 税法整備小委員会 前掲P20



                                     文責 佐々木利夫



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