給与所得の性格と課税上の問題点(12)
  

第三節 役員報酬、役員賞与の給与性

 1 役員の契約上の地位

 会社役員に対する報酬は役員報酬と役員賞与とに区分して考えられ、法人税法では後者について損金性を否定している。つまり役員賞与は利益処分の一形態と考えられているが、所得税法ではこれを区別することなく、いずれも給与所得として扱かっている。本節ではこれら報酬と賞与を区分することなく、役員の受ける全体としての報酬が、役員の性格との関連において給与性を有するか否かを検討したい。

 感覚的には余りに高額な報酬は、一般の給与所得者の受ける給与に比し異質であるかのような印象を受けるし、「会社重役や自由職業者が、その営々たる筋肉労働や全知能を傾けた精神活動によって収得せるものを、労働による稼得たる限度において賃金として考察する立場は、分配論的には可能であり、おそらく全く無意義でないにしても、わが国の実際には賃金のかかる用語例のなきのみならず、それは労働収入としての賃金の通常の意昧から離れること大なるものがあるが故に、ここではわれわれは問題外とする」(1)との見解もあり、少なくとも所得税法の条文上、具体的な列挙として、「役員の受ける報酬」、はあらわれていない。

 役員は商法254条3項において「会社ト取締役トノ間ノ関係ハ委任二関スル規定二従フ」とされ、委任契約関係にあると見られるのが普通である。そしてこの委任規定の派生として「当然善良な管理者の注意義務を負うが(民法646)、具体的に示せば法令及び定款の定めならびに総会の決議を守り、会社のため忠実に職務を遂行する義務を負うことになる(商法254条の2)」(2)とされることが多い。

 この意味において役員は会社との有償委任契約にもとづく地位にあると考えて良く、委任関係であることはかならずしもその報酬が給与性を失うものでないとしても、雇用契約から離れるが故に、典型的な意味における給与とは異なる性質を与えられているかのような傾向をもたせられている要因の一つであるといえよう。つまり、「会社の重役の賞与は利潤の分配であって『労働の対償』としての賃金ではない」(3)とされる根拠は、この契約性質に端を発していると考えて良いであろう。

 併し商法の規定は、「『委任ニ関スル規定ニ従フ』というだけであるからその委任の内容は民法の規定そのままではなく、株式会社の特殊性に応じて決すべきことを予定しているものと解せられる。けだしこの場合、単に『従フ』という(準用でも適用でもない)のであって、それ自体は会社と取締役との間の関係に関する原則を表明したにすぎない、いわば白地規定的性質のものと見るべきだからである」(4)とする意見にもあるように、会社と取締役の関係は全面的に民法上の委任契約であると断ずるには問題がある。委任契約については第二章二節でも触れたところであるが、受任者が裁量権をもち、自から事業体を持つと考えるなら、取締役は経営の成功を条件とした成功報酬を受ける地位の者となり、請負的性格が強くなるといえよう。

 併し、我国商法における取締役の地位は、「英米法に傲って取締役会中心の執行機関体制をとったことによって、会社と取締役との間に信認的法律関係を生ずるにいたっている。ここにいう信認的法律関係とは、継続的、包括的関係において他人のために事務を処理する地位におかれ、法律上信認と信頼が、その人におかれる関係であって、委任関係とはその淵源を異にする法律関係である」(5)から、報酬も有償委任の対価と考える必要はない。
 このことは役員が労働法上労働者たりうるか否かの面に最もよくあらわれてくるといえよう。

 2 役員の労働者性

 役員が労働者たり得るか否かの問題は、主として社会保険関係の上であらわれてくることが多いので、それらに関する裁決なり判決を以下若干掲げたいと思う。

 (1) 「事業主が法人格を有する場合においては、事業主たる使用者は当該法人であるから、法人の代表者または業務執行者といえどもその業務が、実態において、法人に対する経常的な労務の提供を行うものであり、かつその労務の対価としてその法人から経常的に報酬の支払を受ける場合、すなわち…その事業所に、その者の行うべき具体申な職務が存在し、かつその者が一日の相当時間を事業所における勤務に費すという、いわば常勤的な労務に服し、その報酬の額が、社会通念上、労務の内容に相応したものであるときには、その者は法人に使用されるものであるということができる。」(6)

 (2) 「株式会社の取締役は…業務執行機関であるから主体たる株式会社との関係において使用従属の関係に立つこと…を否定すべきであるとの見解は、勿論一顧だに値しない、とはいい得ない。然しながら…取締役といっても、実際上株式会社の業務に対して、支配的機能を及ぼしておらないもの、若しくは及ぼすべき地位に居らないものについては、なお実体的労働関係の成立を認むべき余地があるのみならず、寧ろこのことは、株式会社の業務に対して間接的な支配しかなし得ないものについても同様の理由をもって首肯すべきものである。…労働法の対象とする労働関係は、法律的形式を超えて存在する事実自体に外ならぬのであるから…いやしくも、実体的労働関係の認めうる限りにおいては、労働基準法及び労災法の定める各種の救済規定を適用する妨げとなるものではない。」(7)

 (3) 「株式会社の代表取締役が右事業所に『使用される者』に含まれるかどうかは、その株式会社法、労働法更には経営学等における地位、性格に一まず拘りなく、右法律の趣旨、目的に照して決すべきである。…代表取締役は…その会社に対する関係において会社に対し、継続的に労務を提供し、これに対して報酬の支払を受けるという面のあることは否定し難いから、これを所謂事業所に『使用される者』の内に包含されるものと解する。」(8)

 このように、全面的に取締役の労働者性を認めている訳ではないものの、常勤的な労務に服すことや、実態的労働関係の成立を要件とし、会社に対して継続的に労務を提供しているが故に労働者であることを肯定している。取締役に労働者性が認められるということは、必然的に労働契約的な考え方をそこに持ってこざるを得ないし、この意味において、少なくとも取締役独目の問題としてその報酬の性格について給与性を考えるのみで足りることになろう。

 ここで問題となるのは判決等も指摘しているように、非常勤であったり、又は会社の業務執行に対して支配的機能を及ぼしている者については労働者性を積極的には認めていない点である。そして現実には数社の非常勤役員として、中には報酬を受けず、単に役員賞与のみを受けるような者までが存在する以上、これらの存在を無視して役員報酬を検討したことにはならない。

 3 非常勤役員等の報酬

 会社の業務に対し支配的機能をもつ取締役、例えぱ同族会社における代表取締役や、大株主であるが故に取締役となっている者等は、事業体としての会社をそのほしいままに運営できるから、あたかも事業体そのものであるかのように振舞い、労働者と呼ぶにはふさわしくないともいえる。併しそのような権能は決して取締役としてのものなのではなく、資本と経営の分離という形で会社をとらえるなら、株式所有者としての権能であると見ることが妥当である。

 即ち、一個の独立した法人格を与えられた会社というものがあり、資本所有者集団の意思として取締役選任が決定される以上、その資本所有の大なる者の議決権が商法上大なるものとして与えられた結果、その者自からが取締役となることは、いわば結果であって本質ではない。
 なぜなら「株主の有する権利の本質は、単に株式の利益配当を受けるというだけにとどまらず、会社の支配ないし、経営に参加することができるという点にもある。…特定人を会社の取締役もしくは監査役に選任し、またはこれを解任するということは、会社の支配ないし、経営についてもっとも重要な事項に属するから、株主としては、単に株主総会において発言することができるにとどまらず、これらの事項について、その議決権の行使が許されるべきであって…このことは、当該特定人がたまたま過半数の株式を有しているため、取締役等に選任され、もしくはその解任を免れ…るようなことがあるとしても、それは会社の支配ないし経営参加の問題が、積極的に、株主の手にゆだねられていることの当然の結果であるともいうことができる」(9)のであり、継続企業という観点からするなら取締役もまた、株主から選任された別個の地位の者として、それぞれは会社の使用人であると考えて良いであろう。

 非常勤取締役の場合はどのように考えるとよいであろうか。使用人としてのイメージは前述の大株主取締役よりも更に弱くなることは否めなく、いわば企業経営請負、若しくは企業外第三者としての積極的な経営への参加の性質をもっている。併しこの請負性は決して仕事の完成といった目標がかならず定められているものではなく、会社の再建、拡大、利益の維持向上といったものも、結局は不確定な経済状勢とその企業のおかれた位置での努力目標であり、失敗と解任、成功と再任が直接結びつくものではない。

 他面、その企業の取締役として他の常勤取締役同様、競業避止義務(商法264)、自己取引の禁止(同265)、第三者責任(同266の3)が課せられており、その行為規範は自己のためにではなく、会社のためになされることが要件である以上、その地位はあくまでも会社に服している点に求めなければならないであろう。非常勤役員といえども自からが生産手段を所有するものではなく、又取締役集団というものに法人格なりが認められていない以上、あくまでも会社の内部機関であり、それぞれ個人の非常勤取締役として会社に従属していると考えざるを得ない。

(1) 水島密之亮 賃金の法律上の意義 経済学雑誌18巻4号P22
  (2) 鈴木竹雄 新版会社法P142
  (3) 津曲蔵之丞 賃金(一) 労働法講座第5巻 労働基準法所収P1171
  (4) 松岡和生 破産者と取締役の地位 週刊金融商事判例No85 P4
  (5) 星川長七 別冊法学セミナー 商法(U)P201
  (6) 社会保険裁決 昭30.8.31社保審裁決集全 P1033
  (7) 大阪地判 昭30.12.20 労民集7巻1号P129
  (8) 岡山地判 昭37.5.23 行集13巻5号P943
  (9) 最判昭42.3.14 民集21巻2号P378



                                     文責 佐々木利夫



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