給与所得の性格と課税上の問題点(15)
  

第四章 仮処分給与等にかかる問題

 解雇された労働者が解雇無効確認、雇用関係存続確認を求めて訴求する事例は最近とみに増加している。この時本案訴訟に先立って地位保全の仮処分を申請するケースも多く、本案訴訟はもとより仮処分決定自体も遅延化する傾向を見せていることから、課税上解決しなければならない様々な問題が起ってくる。
 つまり、最終的解決にいたるまでの間に仮処分決定、判決等により解雇から決定、判決時までの賃金の支払いを命じたり、将来の給付を命じたりすることがあるため、和解により一時に受け取る金員も含めて税法上この取扱いをいかになすべきかが問題となる訳である。
 ここではこれら使用者から支払を受ける金員を一応一まとめに仮処分給与等と呼び、それらの性質をいかに考えるべきかについて検討を加えようとするものである。
 もとよりこの問題は訴訟と租税という大きなテーマとも結びつくものではあるが、ここでは解雇とその無効確認に伴うもののみに、一応限定して進みたいと思う。

第一節 解雇と仮処分

 1 解雇の自由と制限

 使用者は期間の定めのない労働契約を自己の意思において一方的に終了させることができ、これを一般に解雇の自由と呼んでいる。終身雇用制度そのものは労働者からの解約告知、即ち自由な退職を阻害するものでない意昧において定年そのものを期限と考えることはできない。
 民法上期間の定めのない雇用は「何時ニテモ解約ノ申入ヲ為スコトヲ得」(627条)るし、「已ムコトヲ得サル事由アルトキハ各当事者ハ直チニ契約ノ解除ヲ為スコトヲ得」(628条)るから、法文上解雇の自由は保証されているといってよい。

 解雇が使用者にとって、経営の能率を高めるため(たとえば低能率、傷病、欠勤、老令、高賃金その他モラルを低める者を、高能率、健康、低賃金、若年、柔順な者といれかえる等)、あるいは企業維持のため(経営困難時の人員整理)の必須の手段と考えられていることは一般に承認されている。それはまさに「資本家にとっては解雇の自由こそは企業的採算の見地からも、また経営における秩序維持の目的からしても、同じく不可欠の条件であり、いわば、資本制生産を支える支柱としての意味をもつ」(1)のであり、とりわけ懲戒解雇権は「企業共同体に内在する当然の本来的機能というべきで、これをいかなる手段によっても否認しうるものでないこと、あたかも基本的人権を否認し得ないのと同様である」(2)としたり「企業経営権、すなわち所有権から生ずる権限である」(3)とする見解もある。

 併し解雇の自由は退職の自由と比肩し得る対等の自由ではない。前章までに触れたように、使用従属性を余儀なくされている労働者に対する解雇の自由は、そのまま解雇の脅威の背景となり、退職の自由とはとりもなおさず飢えへの自由として機能するに過ぎない。ために労働者の地位の劣悪化は法の下における実質的平等を目指す労働権ないし生存権の要求を生ぜしめ、自由な労働運動の発生を惹起し、他方国家自体も労働力再生産の保全、雇用の安定の対策を通じて労働関係に対する直接的介入〜法規の制定をみるにいたる。たとえぱ労基法3条、19条、20条、104条2項、労組法7条等である。

 解雇の自由は判例においても承認せられているとみて良く、東京高裁は「期間の定めのない雇用契約においては、使用者は民法第627条第1項により解雇の自由を有するものであり、その解雇権の行使については労働基準法第19条・第20条の制限に従うほか、解雇権を行使するについての正当の事由の有無を必要としないものと解すべきである。ただ私権の行使一般に通じる原理である権利の濫用の法理の適用として、解雇権の行使が権利の濫用にあたると認められる場合は、解雇が無効とされるに過ぎない。従って如何なる場合に解雇権の行使が権利の濫用となるかを判断するについても、右のように本来解雇権の行使は自由であるとの原則の上に立ってこれを行なわなけれぱならない」(4)と判示している。

 学説は解雇自由説、権利濫用説、正当事由説と区々分れている。
 解雇自由説は、労働法規の制限に触れない限り解雇は原則として適法であるとするもので、「期間の定めのない雇用につき解雇通告がなされた場合には…理由のいかんを問わず雇用は終了する。懲戒解雇かどうかを問わないのはもちろん、使用者が事前にした約束に違反するかどうかも問わない」(5)のであるから違法な解雇も裁判で阻止できないとする。

 権利濫用説は解雇の自由を原則として承認するが、解雇が労働法規の制限に違反したり、権利濫用にわたる場合には例外として違法となるとするもので、前掲した判示の系統を示すものであるといえる。
 一方正当事由説は解雇には原則として正当事由を必要とし、正当事由のない解雇は違法であるとするものである。それは「労働契約は継続的関係であるから借地法・借家法の規定を類推して解雇にも正当等由を必要とする」(6)と説くごとく、継続的債権契約関係を中心におくものである。

 解雇自由説では職場復帰を伴う労働者救済がはかられず、正当事由説は立法論としての興味はあるが現行規定上借家法1条の2のような正当事由が要求されていないこと、及びこれを許すと実質的に解雇の自由はその意味をなさなくなるから、民法627条からしても若干無理があるのではなかろうか。この点、権利濫用説は民法1条3項がいわゆる白地規定としてその広範な適用は反省されているものの、一応あらゆる法領域に妥当する理論であり、しかも恣意的な解雇から労働者をかなり救済しうるので、解釈論としてはもっとも妥当するものであると思う。ただ「権利濫用説は正当事由説への過渡的存在である」(7)としたり、「解雇の事由を制限する理論としての正当事由説が未だ完成を見ず、濫用の法理が現段階では解雇自由制限の最後のとりでとされている」(8)といわれるなど、学説は徐々に正当事由説へ傾きつつあるようである。

 このように解雇制限の理論が発展したのは、第二次大戦直後労働裁判が本格的に始まったとき、人員整理に追い込まれた企業の解雇事件において、企業の窮地もさることながら被解雇者はそれに勝る苦境に追い込まれその生存すら危ぶまれたことにある。(9)このような状態が、いわゆる解雇無効、権利濫用などの登場する社会的根拠となり、更に我国特有の年功序列的終身雇用形態の存在が、意識的にせよ無意識的にせよ雇用保障の要請、解雇制限の思想の基礎を形成していったものといえる。

 2 解雇の効果

 解雇は契約の解除の一種であって形成権であり、遡及効をもたないから遡及効のない解除権として普通「解約告知」に分類されるものである。従って解雇は形成権行使行為としての一方的な意思表示によって契約関係を消滅させるのであり、裁判上の形成権でない意味において「権利者が裁判外でこれを行使した時にただちにその法効果が発生する」(10)のである。

 この意味で「解約の申入は理由のいかんを問わず、雇用を終了させ、債務関係を消滅させる。解約申入の理由がいかに不当であっても、公序良俗に反する事項を目的とする法律行為(民90)として、解約申入が無効となり、雇用に基づく債務が有効に存続するということはあり得ない」(11)のであり、「形成権は請求権と異なり直ちに効果を発生する。形成権の行使はいわぱ無因行為なのであり、その行為が濫用であるとしても、損害賠償が法的効果でないかと考えられる」(12)からである。

 判例も「契約解除権の一種である解雇権や取消権等の廃棄的形成権は、その行使により既存の法律関係を消滅させ、新たな法律関係を発生せしめるものである」(13)としたり、「債権者による懲戒免職の意思表示は雇用関係を終了させる形成権の行使である」(14)として解雇が形成権の行使であることを承認している。このような形成権の行使に対し、労働者(被解雇者)にはどのような対抗手段があるのであろうか。

 3 労働争訟

 使用者からの解雇に対し、労働者はその救済手段を労働委員会及び訴訟の保護に求めることになる。ここでは労働委員会による救済は省略し、主として訴訟面から見ることとしたい。これは労働委員会が不当労働行為(労組法7条)の有無を判断するに対し、裁判所はこれ以外にも広く、労働協約、就業規則、労働基準法等に違反して無効であるかどうかを判断する権限をもっているため救済申立が事実上訴訟に比し少いということによる。

 我国には労働裁判に関する手続を定めた法律はない。そこで労働争訟も大きく次の二つに分けて考えることができる。一つは一般民間における労働事件であって民事訴訟法が適用され、一つは公務員関係の労働事件であって行政事件訴訟法に基づいて行なわれるものである。
 民事訴訟法に定めるものには本案訴訟、仮差押、仮処分のほか支払命令(賃金など金銭の支払を求める請求について裁判所が相手方を審訊しないで発する命令。民訴法430条以下。督促手続と呼ばれるもの)などがある。

 行政事件訴訟法に定めるものには、懲戒、分限、転任などの処分の取消を求める訴(抗告訴訟)や、処分の効力の執行停止を求める手続などがある。仮処分は認められていなく(行訴法44条)、それに代るものとして効力の執行停止(同25条2項)がある。

 このような訴訟手続によって行われる実際の内容は、労使関係における権利問題が多様であるうえ、双方の対抗関係が様々な局面で提起される結果、極めて多岐にわたっている。これら主要なものを一応類別すると次のようなものである。

 (1) 民事本案訴訟 解雇無効確認(雇用関係存続確認)訴訟、賃金請求訴訟が主なものである。
 (2) 仮差押 賃金請求権、退職金請求権の訴求につき、将来の勝訴判決を待っていては、それまでに会社財産が処分されてしまい、その支払を受けられなくなる損害を担保するために、事前に会社の売掛金や債権、その他の財産を差押えて確保しておくことを目的とする。
 (3) 仮処分 不当解雇に対する従業員地位保全と賃金支払の仮処分が圧倒的に多い。このほか、転勤命令の効力停止、団交拒否禁止の仮処分、不当労働行為禁止など団結権に対する妨害排除仮処分もある。(仮処分については本節4において詳述する)
 (4) 行政訴訟 懲戒処分、分限処分の取消請求(または無効確認請求)と、その訴訟請求にもとづく当該処分の効力の執行停止申立などが主である。このほかに労働委員会の救済命令申立の棄却命令に対する取消請求訴訟、人事院および人事委員会の裁決取消請求訴訟などがある。

 このように「労働訴訟法は仮処分に限定されないにもかかわらず、現実にはそれがむしろ原則、常態化しているのは何といってもその迅速性と手続の非硬直性に原因がある」(15)とされるので、次に仮処分について検討することにする。

 4 仮処分の目的と効果

 地位保全仮処分命令の申請は昭和24年前後、労働委員会による不当労働行為救済制度が設けられていなかったせいもあって、企業整備、大量人員整理に対する争いの中で発生した。その多くは東京地裁によるもので(16)、労働者勝訴となる例が多かったからその後も引き続き、仮処分申請という闘争手段も加味された形での争訟が多くなってゆく。

 この地位保全仮処分の根拠条文は民事訴訟法760条のみであり、それも労働法に限られない一般に全ての「仮の地位を定める仮処分」に適用されるため、「その法律的根拠に疑問をもたれながら、現実に発生する労働紛争処理の手段としての労働仮処分は…増加する傾向にある。かつては実定民事訴訟法上の疑義から、その存在自体を問題とした労働仮処分是非論は、とおく後退して、この異常現象の処理と伝統的民訴法理論との矛盾の克服がその課題となっている」(17)とされる。

 「東京地裁が最初の労働事件で『解雇の意思表示の効力を停止する』という主文を出して、ひとまず経営者に任意の履行を求める方法は、その後全国的に広く行われ、現在でも、この主文のみの、あるいは『従業員たる地位を仮に定める』との主文のみの仮処分決定は少なくない」(18)のである。しかし単なる仮の地位を定めるのみでは、経営者から金銭の支払を受ける強制力がないため「既往及び今後の賃金支払を認めるものが多くなっていることに驚く」(19)ほどになり、又賃金支払の仮処分は認めるが、従業員たる地位を定める仮処分は必要なしとしたり、逆に仮の地位は定めても賃金の支払を必要なしとするなど、様々な形があらわれてきた。(20)

 仮処分申請の要件は二つある。一つは被保全権利という、仮処分で保全せらるべき権利の存在、即ち本案訴訟を起した場合に勝てるだけの権利のあることが必要であり、もう一つの要件は保全の必要、即ち仮処分によって緊急に保全しなければならぬ必要が存在することである。

 仮処分命令は通常「被申請人が申請人に対し○年○月○日なした解雇の意思表示の効カを停止する」との形で行われることが多い。これにより解雇の意思表示は本案判決まで一応効力を失い、被解雇者は従前通りの従業員たる地位を回復するという法律状態が仮に創設される訳である。

 だがそれはあくまでも実体法上のものではなく、どこまでも「本案請求権に副うところの新たな訴訟法的法律状態」(21)にすぎず、執行力、内容、機能の面から見てその効力は弱く、多くを期待することはできない。「被申請人においてこれを一応納得して遵守するのでなければ何等の効果も生じ得ない」(22)とされるほどであり、具体的には就労請求権の存否という形であらわれてくる。

 「労働契約においては、労働者は使用者の指揮命令に従って一定の労務を提供する義務を負担し、使用者はこれに対して一定の賃金を支払う義務を負担するのが、その最も基本的な法律関係であるから、労働者の就労請求権について労働契約等に特別の定めがある場合又は業務の性質上労働者が労務の提供について特別の合理的利益を有する場合を除いて、一般的には就労請求権を有するものではないと解するを相当とする」(23)

 「一般に労働者は使用者に対してその就労を請求しうる権利をも有しているものと解するのを相当とする。…したがって労働契約において使用者は通常の場合、労働者が適法に労務を提供したときはこれを受領する権利のみならず、これを受領すべき法律上の義務があり、正当な理由なくしてこれが受領を拒否するときは単に賃金支払義務を果すのみではその責を免れることはできないものと解すべきである。」(24)

 このように相反する決定が見られるけれども判例の傾向は就労請求権を否定するケ一スか多く、学説はこれを認めようとする方向にあるといってよい。併し現実に就労請求権があるとしても、使用者が職場復帰を拒否し、賃金のみの支払をする場合、仮処分自体があくまでも任意履行性のものである以上、そこに損害賠償発生の当否はとも角、国家権力をもって職場内へ被解雇者をつれ込んだところで何の解決にもならない。

 労働仮処分は「不当違法な争議手段を司法権の干渉によって抑え、争議の拡大、悪化を防ぐと共に、それがどこまでも対等旦つ公正に遂行できるような暫定措置を構ずることを目的とするもので、当該争議自体の根本的解決をめざすものでは決してないし、また、そんな機能を果たすことは元来裁判所には不向きでもあり、不能とさえいえる。争議の全体的・根本的な解決は結局当事者間の自治的妥結によるか、労働委員会の調停(等)などによることが常態」(25)であるといえるし、そもそも労働争議そのものはあくまでも司法外にあると考えてよいであろう。

 併し「労働契約の多くは継続的契約に属し、それ故に使用者対労働者、労働者対労働者相互間の人格的接触を深からしめる。これが集団化すれば企業従属意識、組合団結意識となってあらわれる。この間の法的紛争が一旦こじれるとたとえ一刀両断的法律的処理がなされても、ますます人間関係が悪化し、事実上の紛争は長期化してしまう」(26)のであり、この長期化の結果、組合の闘争とのずれが生じて充分な支持が得られなくなったり、職場との関係が薄くなったりするから、そうすると法廷闘争にも充分力を注げないとか、職場に帰ろうという意欲も少なくなってくるという事態を招く。

 これは何も仮処分に限らず、労働争訟全般にいえることであり、争議者が企業家族主義の枠組みからはみ出したものとして映るのは、我国の企業別組合という体質からみて避けられないことなのかも知れない。

(1) 吾妻光俊 不当解雇の効力 法学協会雑誌67巻6号P1
  (2) 清水兼男 懲戒権の根拠と懲戒解雇
     菊地勇夫教授六十年祝賀記念論文集 労働法と経済法の理論 所収P424〜425
  (3) 津曲蔵之丞 大衆のための労働法の基礎理論P325
  (4) 東京高判 昭39.3.30労民集15巻2号P193
  (5) 三宅正男 解雇 労働法演習所収P191
  (6) 柳川真佐夫 全訂判例労働法の研究(上)P502
  (7) 西井竜生 解雇権の濫用 労働判例百選(第三版)P71
  (8) 荻沢清彦 解雇の制限と民法理論 ジュリストNo413 P89
  (9) 労働争議の件数及び参加人員をみると昭19年296件10,026人、
     昭20年256件164,585人が翌21年には920件2,722,582人、更に
     23年には1,517件6,714,843人と驚くべき増加を示している。因みに昭和
    40年は約3千件、9百万人となっている。
           史料明治百年 朝日新聞社編 P608より
  (10) 鈴木正裕 形成訴訟の訴訟物 ジュリストNo300 P250
  (11) 三宅正男 注釈民法(16) P76
  (12) 山口浩一郎 夫婦別居を強いる転勤命令と権利濫用成立の可否
     判例タイムス228号P76
  (13) 東京地判 昭46.12.25 労民集22巻6号P1255
  (14) 東京地決 昭44.2.15 労民集20巻6号P1716
  (15) 東城守一、山本博 労働訴訟 学説・判例 労働法所収P229
     労働委員会での救済が敬遠される理由は、下記文献に詳しい。
     石川吉右衛門 不当労働行為の審査促進について
     斉藤秀夫 不当労働行為をめぐる裁判所と労働委員会
      いずれも菊井先生献呈論集 裁判と法(上) P109、P389
  (16) 「労働問題が非常にセツパつまった形をとって仮処分事件として登場する。…そういうただ中にあって、
     いわば指導的な役割を果したのが東京地方裁判所の判例であり…」
     三ケ月章 座談会「戦後の仮処分の反省と展望」法律時報27巻8号P32
  (17) 東城・山本 前掲P229
  (18)(19) 森長英三郎 最近の労働仮処分 法律時報33巻3号P22
  (20) 詳しくは、森長英三郎 前掲P22〜参照
  (21) 緒方節郎 労働契約上の仮の地位を本案として労務提供を求める仮処分
     労働法判例(第三版)所収P331
  (22) 柳川真佐夫 労働争議仮処分の密行性と緊急性について
     法律時報21巻6号P19
  (23) 東京高決 昭33.8.2 労民集9巻5号P831
  (24) 津地裁上野支部決 昭47.11.10 労働判例165号P36
  (25) 吉川大二郎 労働争議と仮処分 法律時報21巻6号P4
  (26) 沖野威 労働訴訟の課題 実務民事訴訟講座9所収P152



                                     文責 佐々木利夫



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