円周率(円の直径と円周との比)が無理数(循環しないで無限に続く数)であることは既に証明されている。その証明方法については我が手持ちの「定理・公式証明辞典」(別稿「無限」参照)で読んだことがあるような気がしているし、しかも内容はそれほど複雑ではなかったようにも感じている。だがそうした思いにもかかわらずその証明内容をまるで理解していない(理解できないでいる)ことは、多少なりとも数学好き(と自分では思いたがっている)この身にとってみればなんとも残念なことではある。
 さて、私の円周率への挑戦についてはかなり以前にここへ書いたことがあり(別稿「円周率への旅」参照)、そうした思いは今になってもそれほど変わるところはない(別稿「個性のない方程式」参照)。

 ところで円周率の人気は、「一万桁丸暗記」みたいな記憶の特技を披露するような職人技から、スーパーコンピューターの性能試験のような高度な研究にいたるまで様々な形がある(そしてその遥か遥か片隅に、私のようなせいぜい40桁暗記程度の趣味人がかろうじて引っかかっている)。

 その円周率が最近再び話題になった。私の知っている直近の話題には昨年8月に発表された世界記録の報道がある。このときの記録はスーパーコンピューターを73時間36分駆使して、2兆5769億8037万桁を計算したとする筑波大の成果である。この計算された数値そのものには、それが正確であること以外何の意味もないことは明らかである。宇宙開発のロケット技術の設計や天文計算なども含めて実用的には数十桁もあれば十分だと言われているからであり、しかも円周率に「ここまで」と言う最後がないことは理論的に証明されているのだから、それが何兆桁であろうとも途中までの計算結果を示したところでそのことに意味などまるでないと思えるからである。

 それが今月12日、こんな記事が新聞に掲載された(1月12日、朝日新聞)。それはパリ在住のフランス人技術者が市販のデスクトップパソコン(26万円以下だと言われている)を使って、計算に103日、検算に13日をかけた結果、上記の2兆5769億桁を1230億桁超える2兆6999億9999万桁に達したと言うものである。
 円周率に最後はないのだから、これからも際限なくこの種の挑戦が続いていくのかも知れない。しかし単に際限のない数と言ってところで、別に円周率だけがこの世で唯一の無理数だと言うわけではない。eと呼ばれる自然対数の底だって同じ無理数だし、何なら√2や√3のなどの平方根も同じように無理数である。

 無理数もまた無限に存在するのかどうか、そんな程度の理解すら私の能力を大きく超えているけれど、それでも無限に近いくらい存在するであろうことは想像に難くない。整数論の世界に「一対一対応」というのがある。自然数1,2,3,4・・・∞を並べ、もう一方に例えば奇数1,3,5,7・・・を並べる。そして自然数の数列と奇数の数列とを一対一で結んでいく。そしてここで奇数が終わりと言うときが来たら奇数は有限と言うことになるがそれができないなら奇数もまた無限に存在すると言うものである。そうしたことで無限であることが証明できるのかも私には必ずしもきちんと理解できていないのだが、平方根が無理数であるような整数もまた無限にあるように私には思える。しかもそれは単に整数の平方根であるに止まらず、小数にも平方根は存在するのだから俗な言葉で言うなら「無限の数倍もの無限」とでも言えるくらいの数であろう。

 それにもかかわらず数ある(もしくは無限に存在するであろう)無理数の中でも、円周率だけが飛びぬけて人気が高いのは事実である。恐らくそれは円周率が「唯一つの独立した無理数」だからでもあろう。それはもちろん自然対数の底であるeについても同じように言えることではあろうけれど、円周率は古代ギリシャのアルキメデスをはじめ数学の歴史と呼べるほどにも多くの人を魅了してきた数でもある。

 また、小学校から(例えそれが3.14との限定された数値やもしくは小数なしの「3」だけに統一してしまおうなどの話題のあるテーマだったにせよ)直径から円周や面積や球の体積などを求める計算のために必要な定数として馴染みのある数だったからでもあろう。そして円周率は冒頭に掲げた「個性のない方程式」の中でも取り上げたように、理解不能(あくまでも私にとって)とも言える方程式の中にまで表われるようになってきた数でもある。

 円周率については昨年8月の世界記録に関連して新聞の特集に組まれたことがある(「ニュースがわからん! 円周率2兆桁 どう計算したの」、朝日新聞、09.10.2)。
 その記事によると、コンピューターによる円周率計算の桁数の伸びは1940年代の千桁強から年を経るごとに飛躍的に増加し、1990年代には1億桁、2000年には1兆桁を超えるなど目をみはるものがある。それはまた世界中が円周率の計算にしのぎを削っていることの証左でもあろう。

 ところで、計算された結果が正しいかどうかをどうやって確かめるのかについて、この記事は「ガウス・ルジャンドル」、「ポールウェインの4次の収束」と言う二つの公式を使って、別々にプログラムを組んで照合したとあるがもちろんその公式の意味を私がまるで理解できないことは言うまでもない。計算結果の記録だけでも「DVD300枚が必要だ」などと聞いても、どことなく途方に暮れる思いがするだけである。

 もちろんそうした桁数比べの背景には、コンピューターの性能(単に演算速度のみならずプログラム技術やシステムが長時間ダウンしないで稼動し続けたことなど)の競争があるのだろう。そうした技術開発への挑戦とその結果(例えば「世界一のスーパーコンピューター」としての評価など)が国威まで巻き込んだ競争になっていることなどがあげられるだろう。

 それはそれで分かるけれど、それが円周率を巡ってなされているという事実の背景には、どこかで人類の円周率に対する「夢」と言うか「あこがれ」みたいなものが強く影響しているのではないかと感じられてならない。そしてそうした「夢」や「あこがれ」なら、私にだって「今でも身の裡にしっかり潜んでいるぞ」と少し自負したいような気がしているのである。なんたって私にも今から20数年前に「円周率1000桁」を始めて手にしたマイパソコンを使い、電源を二日ばかり入れっ放しにして計算した前歴があるのだから・・・。もちろん最初の数十桁はともかく、1000桁全部が正しい結果を示していたかを確かめることなどできなかった(しなかった)のではあるが・・・。

 これを書きながら思ったのだが、円周率にはもう一つ別の魅力があるのかも知れない。それは新しい円周率の計算式と言うか解法の発見である。例えば私が「円周率への旅」で私自身が「それは4よりも小さく2.82よりも大きい」と多角形によって計算したような方法から、ここにも引用したが私にとってまるで理解不能な「ポールウェインの4次の収束」などと言った計算式まで含めて、円周率は思いもつかないような色々な場面にひっそりと隠れているのかも知れない。そうした新しい解法を密かに見つけ出し、それを例えばコンピューターで応用するような楽しみも、円周率の魅力の一つなのかも知れない。

 因みに私の円周率記憶術はこんな方法によっている。

 「産医師異国に向こう 産後厄なく 産婦み社(やしろ)に 虫散々闇に鳴く ご礼には早よ行くな 色臭く草なご」
  3 1 4 1 5 9 2 6 5   3 5 8 9 7 9  3 2 3 8 4 6 2     6 4 3 3 8 3 2 7 9  5 0 2 8 8 4 1 9 7  1 6 9 3 9 9 3 7 5

 これで49桁である。ただしこうした覚え方では最初からなら筆記できるけれど、途中の例えば22桁目の数字は何かと問われてもまるっきりお手上げになってしまうのであるが・・・。



                                     2010.1.29    佐々木利夫


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果てなき円周率