先週、原発事故にかかる放射能汚染について、風評と言われようが気にし過ぎと言われようが、「ないにこしたことはない」を行動の基本に置くことに賛成すると書いた(別稿「つのる安全神話への不信(2)」参照)。するとそれに呼応するかのように(決して私の発表に対する呼応や反応でないことは十二分に知っている)、翌日の朝日新聞にこんな投稿がされていた。

 (福島の放射能汚染に対する国民の反応は、かつてのハンセン病者への反応に似ていると評し、)「・・・戦後派特効薬も登場し、万が一、発病しても対応できたのだから、観戦リスクを薄く社会全体が引き受けていれば、ハンセン病者との共生ができてたはずだ。それうしなでゼロリスクを求めた国民が、強制隔離された療養所での過酷な生活という重いリスクをハンセン病者に負わせてしまった。同じ構図が放射線を巡ってある。誰もが放射線ゼロを求めると、・・・被災地の人たちに重いリスクを負わせてしまう。・・・こうした忌避行為は、原発事故の災厄を浴びた人たちを、もう一度、間接的に殴りつけているに等しい。そんな暴力の構図に気づかない。ハンセン病隔離の負の歴史はいまだに学ばれていない」(2011.9.27、ウェブロンザ、「断ち切られる被災地との絆」、評論家 武田 徹)

 言いたいことは先週のエッセイで吐き出したつもりだったのだが、この投稿を読んでまたぞろ私のへそ曲がりが頭をもたげてきた。この投稿がどこかあまりにも独善的に思えてならなかったからである。言ってることの意味が分からないと言うのではない。だが彼は人の思いをぜんぜん理解していないのではないかと感じたのである。それを我がままと呼ぼうがエゴと呼ぼうが、人はそんなに聖人君子ではない。向こう三軒両隣に住む私たちは、常に正義の衣をまとって生活しているわけではない。腹も減れば、人より少しは旨いもの食いたいと思うし、金だって欲しい。テレビに映る他人よりは孫のほうがかわいいと思うし、東日本震災の津波中継のテレビを居酒屋でビール片手に眺めることだってできる、それが普通の人間だと思うのである。共感できないのは悪だと言われても、それしきの感覚しか人間には与えられなかったのだし、そうした歴史の中で人は生きてきた、生きてこれたのだと思う。

 彼の言い分はたった一言で要約できる。「どんなことも、そのリスクを社会全体が薄く引き受けることで解決できるはずだ」である。前提に「万が一の場合は対応できたのだから」が含まれているのだし、言ってることに間違いを指摘することはできないように思える。それでもなお、私はどこかで彼の言い分に納得できないでいるのである。

 それは彼が私たちに要求する「引き受ける薄さの程度」を説明していないことである。そのことに彼はなんにも触れていない。せいぜいが「万が一、発病しても対応できたのだから」だろう。この言葉はハンセン病についての発言である。ハンセン病については、つい先月「ハンセン病者の軌跡・小林慧子・同成社刊」を読んだばかりであり、それに関連したエッセイも発表したばかりである(別稿「祈りの意味するもの」参照)。だからハンセン病患者がどれほど悲惨な人生を送ったか(悲惨さばかりではなく感謝の人生も含めて)について多少理解できないではない。
 それでもハンセン病の症状や治療経過などから見て、治療薬があって感染しても対応できるのだから、感染のリスクがあっても患者に寄り添うべきだったと果たしてどこまで言えるだろうかと疑問に思ったのである。そしてそれがどこまで説得力を持つだろうかとも考えたのである。

 もちろん私たちはどんな場合もゼロリスクを目標にして生活をしているわけではない。最近ではやたら抗菌だの滅菌だのと表示された商品が流行っているようだが、無菌状態が逆に感染への抵抗力(免疫力)を奪っているとする説もあるほどだから、一概にゼロリスク状態がどんな場合も望ましいとは限らないだろう。

 でもそれは程度の問題だと思うのである。程度と言ったところでどこまでをその範囲として区画するかは必ずしも簡単に線引きできるものではないだろう。しかし私たちはその範囲を経験から学ぶことで生き抜いてきた。そしてそれを例えば「自然治癒に委ねられる範囲」であるとか、「予想できる症状の範囲内に納まるだろう」、もしくは「病院や薬で容易に完治し、後遺症は残らないだろう」のような経験則、もしくは祖父母や両親や古老などからの知恵や伝聞を頼りにして判断してきたのではないかと思うのである。

 そうした判断が常に正しいとは限らないかも知れない。最近、119番通報による救急車の利用が安易になってきているので、緊急かどうかの判断を電話と手配の間に挟むシステムが採用されていると聞いたことがあるが、これなどは個々人の緊急に対する判断に広狭の差があることの証拠だろう。それでもなお、私たちは自分で判断しなければならない。この火傷は放っておいても大丈夫、この程度なら明日まで待ってから病院へ行こう、市販薬で直る程度の風邪だろうから病院へ行くこともないか、などなど。
 病気に関してだって「死ぬかも知れない」との感覚から「舐めて直るだろうすり傷」まで、人は様々な場面に自らの判断を重ねなければならない。そうしないと生活そのものが成立していかないからである。そしてその判断の程度が一つの幅である。その程度のどこに線引きするか、それがこの投稿者の薄さの判断である。すりむいた傷で救急車を呼ぶか呼ばないかの判断をする。それを薄いリスクと考えて「呼ばない」ことに決めることを、多くの国民に要求することが理解できないのではない。

 でもその判断はあくまでも経験則からしか学ぶことはできないだろう。子どもに38度の熱が出た。この前はこの程度で大丈夫だった、祖母がわが子の子育ての経験から大丈夫と伝えてくれた、そうした経験の積み重ねが、安心の幅へとつながっていくのである。でも同じ38度の熱でも、例えば新型インフルエンザや得体の知れない食中毒が蔓延している最中だったらどうだろう。

 そしてことは放射能である。これまでの経験の積み重ねはもちろん、味も匂いもなく、存在を感じることすらできない空気そのものような状態である。そしてその影響は「健康影響があきらかにあるとわかっているのは被曝線量100ミリシーベルト以上。(だが)国際放射線防護委員会(ICRP)などはこれ以下でもがんリスクはゼロにならず、線量に応じて、直線的に増えるという仮説を採用している」とまで言われているのである(2011.9.29、朝日新聞)。


                     またまた長くなりそうなのでこの続きは次週にします。

                                  「ゼロリスク願望は独善か(2)」へ続く



                                     2011.10.1    佐々木利夫


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