先週、自白と警察や検察での取調べの可視化について書いたばかりである(別稿「自白と可視化」参照)。ちょうどそのとき読んでいた本が、「魔女狩り」(森島恒雄著、岩波新書)であった。この本と可視化とはなんの関係もない。魔女裁判は今から五〜六世紀も前に、西欧キリスト教国を荒れ狂った一種の狂気であり、今となっては単なる歴史的事実として教科書の片隅にでも載せられる程度の過去の事件でしかない。でもこの本を読みながら感じたのは、いかに過去の出来事とはいいながらも「まさか」の思いであり、「人はどこまで残酷になれるのか」の思いであった。そしてそうした狂気は決して単なる過去の事件という一くくりだけで片付けてしまえるものではないのかも知れないと感じたのである。さらにそれ以上に強く感じたのは、「司法もまた狂う」との救いようのないまでの恐怖であった。魔女裁判はすさまじい拷問とそれに伴う自白で構成されていたのであった。

 私たちが無意識に抱いている「魔女」というのはもしかしたら日本にはいなかったのかも知れない。上記の「魔女狩り」の著者は、「魔女は久遠の昔から、どこの世界にもいたにもかかわらず・・・」(同書P7)と書いているけれど私たちがイメージしている魔女とは、「・・・例外なしに女である。それも年老いた、醜悪な老婆である。『年をくい、しわ枯れた老婆、あごは落ち、腰は曲がり、弓なりに杖にすがっては歩く。眼はくぼみ、歯は抜けて、顔の皺は深く、手足は中風でふるえ、なにかぶぶつつぶやきながら通りを歩く。主の祈りは忘れても、悪態をつく意地悪な舌は、まだ失っていない。・・・』(ハースネット『カトリック教の欺瞞』一六○三年)」(同書P11)、そんな姿である。

 だから私たちの抱いている魔女感とは、ギリシャ神話やグリム童話やマクベスなどに登場する「魔法使いの老婆」みたいなものから派生しているような気がする。でも魔女裁判で裁かれたのはそうした魔女ではなかった。普通に生活している当たり前の人々が、男も女も幼児も老人も無関係に、そして無差別に対象とされたのであった。

 昔から魔女が裁かれる例はあったとされる。だがそれは「魔女が迫害されたのは魔女であるからではなく、魔女が呪術を用いて人を殺し農作物を枯らすというような悪を行なうからであった」(P13)のであり、魔女裁判における魔女の迫害とは異質であったのである。ところが「1300年を境として事態は一変する。魔女に対する教会の態度が、にわかに硬化するのである」(P17)。この背景にはキリスト教における異端審問システムの変節と強化があったとされる。

 私が異端審問についてある程度中味に入った形で興味を持ったのは、史的イエスと信仰のキリストとの矛盾が記されていると言われる古文書の発見や公開の事実が、異端を理由に長く人々の目から隠されていたことについて書いたときのことであった(別稿「死海文書ってなに?(上)同(下)」参照)。
 1200年代のキリスト教は堕落の中にあった言われている。「・・・聖職者たちは、そのころ、腐敗と堕落の底におちこんでいた。免罪符の売買は常識となり、霊魂の救済は金銭的取引によって行なわれ、聖餐礼、死者のための祈り、臨終の喜捨、その他あらゆる儀式礼典はその本質を失って形骸化した。聖職売買は普通のことであり、聖職者は情婦をもち、ざんげ室は女をたらしこむ蜜室であり、尼僧院は赤線区域となっていた・・・」(同書P23〜24)。

 こうした堕落からの改革を求める運動の高まりは、同時にそれまでのしきたりに固執する体制との確執を生むことになった。聖職者がたとえどんなに堕落しようとも神の使いとして人間救済の使命を持つ者である以上、その使命はすべてに優先すると考えたからである。だとするなら教会に対する批判はキリスト教をないがしろにする重大な反旗であり、それはまさにキリスト教に対する異端である。異端の審問は異端審問会の専権事項である。だが魔女の登場はまだ先のことであった。魔女といえども「明らかな異端を伴わない限り」異端審問に付されることはなかったからである。

 だがこの「明らかな異端」という判断を異端審問制度に委ねてしまったことが逆に異端審問の力を強化することになった。旧態依然たるキリスト教制度であってもそれに逆らう者は異端者であり、その選別を異端審問会が引き受けることになったからである。それは別に「反キリスト」の認定をする必要はない。「悪魔と契約したことが魔女としての要素である」と判断するだけで足りたからである。

 そして魔女裁判の合法化は、「・・・あらゆる法皇の中でもっとも迷信的、もっとも貪欲、もっとも残忍だったヨハネス二二世の教書(1318年2月27日付)によって決定的になった。この教書はフランスの高位聖職者三名に宛てた・・・ものだが、その中で、『いつでも、どこでも、魔女裁判を開始し、継続し、判決する十分にして完全な権能をおまえたち各自にあたえるものである』旨を言明している」(同書P50)。まさにここにおいて魔女裁判は解禁されたのである。政治的に対立している魔女、財産没収を目的とする魔女、敵対宗派としての魔女、宗教改革などを主張し勢力を拡大しようとする魔女、異民族・異教徒としての魔女などなど、魔女の範囲や数はとどまることなく爆発していったのである。

 魔女裁判も裁判であるから判決をもつて刑を言い渡している。判決には事実の認定とそれに基づく判断が必要である。だが空を飛び悪魔と交わるなど、魔女であることの証明など不可能に近い。だからこそ自白が最重要とされた。だがその認定はとても真実とは思えないほどの過酷な拷問による自白に基づいている。しかも異端者の財産を教会と国家が没収することが慣例になってからは、「教会と国家が異端摘発を競い合うこともめずらしいことではかった」(同書P49)ことも起きてきたのである。

 そうした内容についてはこの書を読んでもらうのが一番だけれど、一つだけ「処刑料金表」(同書P129)をあげておこう。処刑や拷問などに形態により大教区から執行した者に支払われる手数料や用具などの料金の単価表である。残酷なのはその金額の多寡ではない。細かく分類された処刑や拷問の種類、その執行に付随するロープ代や薪代などなど、49種類にも分けられた料金表の内訳は目をそけたくなるほどのおぞましさである。

 魔女裁判の背景には、財産没収のほかに例えばユダヤ人排斥であるとか、プロテスタントとカソリックの確執など、様々な要素もからんでいる。だから一言で魔女裁判を迷信にまみれたものだと断ずることはできないだろう。そしてその時代の多くの人たちが「魔女は迷信」ではなく、現実に存在すると信じていた、そんな時代背景も後押ししたことは疑いない。信じていたのは大衆だけではない。皇帝も司祭も学者も、そして裁判官さえもがその存在を信じていたことがこの本からうかがい知ることができる。更には魔女裁判が拷問と誤った裁判で行なわれていると批判の声をあげた人たちの間でさえ、魔女そのものの存在は信じられていたのである。

 無批判に、そして検証や確認することなしに信じ込んでしまうことの幣は、500年も600年も経た現代にまで人の心の中の暗闇として引き継がれているような気がする。「神が許しているのだから・・・」の思い込みは、やがて「みんながそうしているのだから・・・」のような他者に責任を転嫁する思いに裏打ちされて、反省とか自己批判とか自ら過ちに気がつくといった被害者に残されたたった一つの救いへの期待さえも奪ってしまうことになる。
 私にはこの本に引用されている次の僅か数語の中に、魔女狩りに狂奔した多くの人たちの恐ろしい内心をうかがうことができるように思う。それはこんな一言である。

 「ペジェの町には正統的なカトリック教徒も少なくなかった。この忠実な信徒と異端者とを見分けるにはどうしたらいいかと騎士に聞かれたとき、シトーの僧院長アルノーは言下に答えた。『みんな殺せ。その判別はあの世で神様がなしたもうであろう』」(同書P29)

 これは一つのエピソードにしか過ぎない。だらかこのことだけで魔女狩り全体を説明しようとすることは危険であろう。でもこの一言の中に私は、私自身の中にも含まれているかも知れない人間の持つ狂気を感じてしまうのである。

 インターネットを通じた炎上であるとか、富士登山が都会のラッシュのように「後ろがつかえているぞ・・・」と叫ぶような混雑、原発反対や米軍の新型戦闘機オスプレイの国内配置反対やあと数日で開催されるロンドンオリンピックの人気などなど、人々の思いがなぜか短時間で一勢に同じ方向を向いてしまうような現象がそこかしこに見られる。魔女狩りは「魔女」をターゲットにしたのではない。魔女狩りとはまさに「魔女を作り上げた人々の心の暗闇」の総称であり、そうした暗闇はまだ依然として現代にも生き残ったままになっているような気がしているのである。


                                     2012.7.20     佐々木利夫


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生き残っている魔女