「私はそこでインディオの二つの新しい群れに出会ったが、・・・原語の他には二つの群れを区別するものは何もなかった。原住民たちは、同じ外見と同じ文化をもっていた」、年末から正月にかけて読んだレヴイ・ストロースの「悲しき熱帯」のなかの一言である(川田順造訳、下巻第七部、P178〜179)。「人間があれば言葉があり、言葉があれば社会がある」(同書、下巻P311)。共通な言葉を持つことが民族なんだなと思った。人類は様々な人種なり民族に分けられているけれど、その民族をどうやって分類するのか、実は私は分からないままである。例えば日本人とはどんな分類で定義するのだろうか。一番単純には「日本に住んでいるから」があるかも知れないが、それでは海外との交流が盛んな現代には通用しないだろう。そうしたとき、「日本語を話しているのが日本人」と言う定義はそれなり納得しやすいものがある。

 もちろん我々が中学から英語を習っているように、かつて経済大国の記憶を世界中に振りまいた日本だから多くの人が外国語としての日本語に挑戦していることは事実である。だから日本語を話しているのが日本人だとする定義はまるで意味をなさないことくらい考えなくたってすぐに分かる。「日本国籍を持つ者が日本人」とする定義も、それが法的に正しい言い方になるかどうか確信はないけれどそれなり分かりやすい表現ではある。だがそうした定義も、帰化した者すべてが日本人になるのかと問われれば素直には頷けないものを含んでいる。例えば外国籍に帰化した日本人は日本人でなくなるのかだとか、日本国籍を持つ夫婦の間にアメリカで生まれた子どもがアメリカ国籍を取得したときは日本人ではなくなるのかなどなど、私は情緒的ではあるけれどどうもしっくりこない感覚をもってしまうからである(別稿「変な外人」参照)。

 言葉とは何かについても考えていくと混乱してしまうけれど、それでももっと単純に例えば「分かりやすい日本語」であるとか、「正しい日本語」などと言った身近な意味での日本語というものを、私たちはどこかに持っているような気がする。それが仮に、他の言語と同じように「変化する日本語」として常に変遷していく過程のなかの一つの「かたち」であるとしてもである。

 昨年の12月だったろうか。カザフで若い女性数人が日本語弁論大会に挑戦する姿を描いた民放のテレビ番組を見た。もちろんそこに映されている人々は全部が日本語の勉強中である。時々は意味の通じない表現もするし、イントネーションが間違っている言葉も多い。時には誤った言い回しをしている場合もある。言ってみれば会話も弁論の表現も日本語としては下手である。

 それでも私は、彼女らの話す日本語のほうが私たちが日常耳にしている日本語よりも日本語らしいのではないかと思ったのである。それは彼女らの話す言葉がなぜかとても素直に伝わってきたからである。こんな思いは以前にも若い中国人女性が話す日本語にも同じように感じたことがあった(別稿「たどたどしい日本語」参照)。
 番組でカザフの若い女性は自国のある作家の言葉を引用してこんなふうに話しかけていた。「他民族の言葉を学びなさい。でも自分の国の言葉を一番大切にしなさい」。彼女はつたない日本語で弁論大会の壇上から聴衆へそう語りかけていた。

 言葉とは民族なのだろうか。母国語とは祖国と同義なのだろうか。文字のない民族は存在しているかも知れないが、言葉のない民族はないだろう。言葉とて結局は意思伝達の手段であろう。そして人が言葉を覚えていく過程は、多くの場合肉親や近隣や学校などを通じて形成されていくものなのだろう。だからそれは「自らの力で日本語を作り上げていく」というのではなく、既に存在している日本語を自らの中に積み重ねていくだけにしか過ぎないのかも知れない。
 日本人が自分の話している言葉を母国語だと言ったところで、それがそのまま「純粋な日本語」そのものを指しているのかと問われるなら、どこかで躊躇さを覚える。日本語と言ったところでつまるところ画一された標準と言ったものはなく、恐らく曖昧模糊としたどちらかと言えば「日本語圏に属する言語」程度の意味でしか決められないものなのかも知れない。

 沖縄が正式に日本に復帰する少し前のことだから40年近くも昔のことになるけれど、一人旅で沖縄に出かけたことがある。そのときにコザの街で沖縄の放言劇、いわゆる琉劇(琉球語による演劇)を鑑賞したことがある。舞台で演じる芝居だったから見ているだけである程度の筋書きを理解できないではなかったけれど、会話しているセリフそのものはまるで意味が分からなかったことを記憶している。沖縄語を日本語に含めてしまうことの是非について私はまるで知識がないけれど、若い頃に日本中を旅してみて鹿児島や熊本、大阪や秋田や山形などなどの、列車やバスや旅館などで会話することになった人たちから日本語の多様性というか、まるで分からない日本語などに出会ったことが数多くある。理解できない日本語は日本語ではないのだろうか。そんなこと言っちまったら方言そのものを日本語ではないと言ってるのと同じことになってしまうから、そうした理解は間違いだろう。

 つい先日の出勤途上で聴いていたFM放送である。歌曲を得意とする古参の歌手をゲストに呼んで歌と対談を交えた番組であった。その中で若い女性のアナウンサーはこともなげにこう言い放ったのである。「あなたの歌を聴いて、私は鳥肌の立つ思いがしました」。
 「鳥肌が立つ」の意味が最近変わってきているのではないかとの疑問については、NHKの「ことばおじさんのナットク日本語塾」でも取り上げられていたような気がしているから、こうした表現も最近は広まってきつつあるのかも知れない。

 それでも私には「鳥肌が立つ」は「恐怖や嫌悪」などの否定的な感情を示す場合に使うのが正しいのではないかと思い込んでいるのである。しかもアナウンサーがゲストを目の前に置いて、その会話の中で使うような言葉では決してないのではないかと思っているのである。嬉しかったり感動しても「鳥肌が立つ」ような状態が人間の体に現実に起きるのかどうかについて私は知らない。それはもちろん私が知らないだけ、私の経験にないだけのことであって、感動して鳥肌の立つ人が「存在しない」ことを明らかにするものではない。ただそれにしてもこうした用法を、単に「変化する日本語」のような一くくりの中へと押し込めてしまうことは間違いなのではないかと思えるのである。

 気になる日本語については、これまでも色々とここへ書いてきた(別稿「全然大丈夫・・・」、「トイレ貸してください」、「煮詰まる」、「とかとか、しーしー」などなど参照)。
 こうやって今までに書いてきたことを振り返ってみると、私のホームページは民族と母国語の結びつきに関する興味から始まったような気がしてくる。何と言っても一番最初に書いたエッセイが、ドーテの著名な作品である「最後の授業」をベースにしたものだったからである(別稿「ドーテの最後の授業」参照)。

 言葉と民族とが離れがたく結びついていることくらい分からないではないし、その言葉だって時代とともに変化していくことを理解できないではない。常用漢字の数が論議されたり、送り仮名が揺れていたり、外来語の氾濫や官庁言葉の分かりにくさなどが色々な場面で問題視されていることも分かる。また若者を中心に広がってきているギャル言葉だとか携帯メール上の文字の省略形や絵文字の多用など、言葉の変化とはまさに時代そのものの変化である。しかもそうした状態に私自身がついていけないほどの変化でもある。

 それはそうなんだけれど、それでも私はカザフ人や中国人の話しているたどたどしい日本語の方が、何故かとても美しく素直に聞こえてくるのである。何を基準に正しいと判断するのかを具体的に示すことはできないけれど、正しい日本語とは必ずしも言えないようなカタコトの、そして時には少し誤っているような日本語のほうが、私には私の偏見であることを承知で言うのだがどこかで「正しい日本語」であるような気がしてならないのである。
 言葉を優しさやいたわりの面からだけで判断するのは間違いだろう。詩歌や小説だけでなく、言葉は理論のための武器でもあるからである。だから情感を背景にして言葉を論ずることはむしろ間違いだと言っていいのかも知れない。でもそれにしては日本語の習得中にある若い外国人たちの、きっと頭の中で翻訳しているからなのだろうワンテンポずれた、そしてたどたどしく発せられる日本語のなんと気持ちがこもっていると感じられることだろう。そしてなんと文法的にもきちんとしているように思えるのだろう。

 そうだ。それはきっとそうした外国人の話している言葉が「きちんとした日本語」になっているからなのかも知れない。「きちんとしいる」とは、決して正確であることを意味しているのではないのではないだろうか。人から人へと心が伝わるなら、その言葉はきっと「きちんとしている」のだと思うのである。そしてそうした「きちんとさ」を日本人は自分の母国語である日本語の中から、「ないがしろ」にすると言う手段で自ら追い出そうとしているような気がしてならない。



                                     2010.1.5    佐々木利夫


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