白和えなどの記憶からすると子供の頃はそんなに好きではなかったような気のしている豆腐だが、今では大好きな部類に入る食材と言っていいかも知れない。とは言っても豆腐を加工して利用するような料理はどちらかと言うと敬遠しがちであり、味噌汁だとか鍋料理など素材のままで食べる方が好みに合うようである。
 だから当然湯豆腐だとか冷やっこなど豆腐そのものを直接味わうことにもつながることになり、この事務所で時折開く仲間との飲み会でもそうした豆腐の出番が多くなる。もちろん手間をかけずにそのままテーブルへ出せると言う横着の要素も魅力の一つではあるのだが・・・。

 それはともかく冷やっこには旅先でのこんな思い出がある。

 @ 「親子」か「やっこ」か

 高校を出て税務署に入って数年しか経っていないまだ独身の頃のことである。高校時代に修学旅行に行けなかった反動だとは思わないけれど、当時の北海道における高校の定番旅行先とも言える京都、大阪、奈良などを一人旅で計画したことがある。
 旅慣れていないこともあって名所旧跡は大体観光パスを利用するのだが、大阪は二日を計画し、大阪城などは観光バスを利用したけれど残る一日は通天閣周辺を自力で回ることにした。とは言っても生まれて初めての一人旅、それも異邦とも言うべき土地であり、そんなにきちんとした計画などたてられるはずもない。通天閣に登ってその下にある通称食い倒れと呼ばれている新世界界隈をうろうろする程度の企画力でしかなかった。

 昼近くになったので近くの食堂で昼飯を食うことにした。この界隈にはじゃんじゃん横丁などと呼ばれる飲食店街もあり、愛読していた林芙美子の小説「めし」の舞台になっている場所であることもあって、旅情と言うのとは少し違うかも知れないけれど、まるで小説の登場人物の一人にでもなったかのような感慨にふけりながら歩いていたことを覚えている。

 ただ、昼とは言いながらこの横丁はどことなく胡散臭いのである。夜にかけてのこの通りはホルモンと称して犬の肉が使われているなどの噂もあって、何を食わされるか分からんぞみたいな地区でもあった。高校を卒業した年に売春防止法が施行されそれから数年、赤線と呼ばれていたいわゆる売春街は既に姿を消しているはずだが、それでも薄暗い路地などではまだ得体の知れない女性がたむろしているなどの風評もあって、そうしたどことない淫ぴな雰囲気が昼間から漂っている街であった。
 とは言ってもまだ真昼間である。とある小さな食堂に入った。旅行に来たんだし観光客なのだから、とっておきの大阪名物とまではいかなくても、もっと関西風な昼飯でも注文すればいいのだろうが、どことなく気後れでもしたのか「親子どんぶり」を頼むことにした。北海道からわざわざ大阪くんだりまで来て親子どんぶりはないだろうと思うのだが、壁に貼られたメニューからはそれくらいしか目に入らなかったのかも知れない。

 「おやこ」・・・。私は間違いなくそう注文した。別に通ぶるわけではないけれど、食堂で「おやこ」と言うだけで「親子どんぶり」の注文だと通じるであろうことに何の疑いも抱くことはなかった。店も私の注文を素直に受けてくれた。
 そしてしばし、テーブルに上にどんと出されたのはなんと小鉢に入った単品の冷やっこであった。食堂に入って単品の冷やっこを注文する客などそんなに多くないとは思うのだが、食堂は聞き返すこともなく季節は5月、「おやこ」の注文は「やっこ」と伝わり、季節柄「冷やっこ」へと変身した。

 注文と違う品が出てきたと抗議してもいいのだろうが、この横丁のどことない胡散臭さ、それに間違いの原因がこっちの言い方にあることはすぐに分かったことの気後れもあって、旅先の気楽な身分そのままビール一本を追加することにした。注文した「やっこ」はビールとともに何事もなく私の胃袋に納まることになった。ましてや同じ店で親子どんぶりを追加注文することなどさらさらなく、初めから冷やっこでビールを飲みに来たかのような顔をして私は店を出たのである。その後、別の店で昼飯を食ったのかどうか、今となってはそこまでの記憶はない。


 A 五箇山豆腐

 既にマイカーを手放してから6〜7年にもなる。その手放す記念にと言うわけではないものの苫小牧港から名古屋までフェリーに乗せ、野麦峠と越中八尾の風の盆を訪ねる一人旅に出かけたことがある。
 その時に走り回った様々についてはすでにここへ何度か書いたことがある(別稿「野麦峠に立つ」、「宇奈月温泉と最高裁判所」、「おわらを踊る・風の盆」、「郡上を踊る」、「安宅の関」、「九匹の竜を探しに」、「水だった養老の滝」、「歌枕に遊ぶ」参照)。

 その途中で合掌造りが有名で世界遺産にも指定されている白川郷を訪ねたことがある。八尾を出て利賀から山道を抜けて白川へ行く途中に五箇山と呼ばれる地域があり、ここも白川郷と同じような集落が点在している。「相倉地区」である。
 ここで作られている豆腐は五箇山豆腐と呼ばれ、重石を使い豆乳をじっくり締めて固めるので仕上がりが固いことで有名である。一説には荒縄で結わえて持ち運びができると言われるほどである。相倉集落へ着く少し前に五箇山温泉に浸かって、昨日の八尾風の盆初日を徹夜で付き合った疲れはどうやら洗い流せたけれど昼飯にはまだ少し早い。しかし折角の五箇山であり温泉と写真だけで通過してしまうのは片手落ちというものである。さいわい合掌造りの建物の一つが土産店と食堂になっていたので、名物五箇山豆腐を注文する。

 マイカーを利用した野宿の旅だし、今は真昼間だからアルコール類は厳禁である。上記大阪での冷やっこはビールの追加注文でとりあえずさまになったけれど、素面の冷やっこ単品はどうにも落ち着かない。そうは言っても五箇山豆腐はここでしか味わえないのだし、今晩の泊まりは郡上八幡の予定だから夜まで待ったら五箇山を遥かに通り越してしまう。郡上には郡上の名物があるはずだし宿でも居酒屋でもゆっくり郡上を味わえるはずである。

 「名物に美味いものなし」は良く聞く言葉だけれど、恐らく美味に対する期待のほうが大きいこととのギャップを示すことなのだろう。固いといったところで豆腐である。頭打ち付けてこぶを作るほどの固さがあるわけではない。それでも普通の豆腐よりは歯ごたえがあること、豆腐らしい匂いのすることがすぐに分かった。大豆の匂いのしない豆腐なんてあるのかと問われれば返事に困るけれど、大豆の香りと言うか、まさに豆腐らしい匂いのする冷やっこであった。冷やでいいからお銚子の一本でも欲しいところだが、ここはぐっと我慢してあっさりとしょう油をつけて冷やっこ単品だけを口に運ぶのも乙なものである。季節は九月を知らせているが相倉の今日は快晴で外は汗ばむほどである。さあ、これから菅沼集落、白川郷、そしてひるがの湿原を経て郡上へと向かうことにしよう。ドライブは快適である。



                                     2008.12.4    佐々木利夫


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冷やっこ二題